"自由選択式取引"

5月10日、午前8:35。岡山県■■町のとある一角。

「──では、みなさんお気をつけて。」

バスの運転手の方がそう言ってくれたのを聞いて、俺たちはそれぞれのペアごとに並ぶ。


「成宮くん、酔ってたみたいでしたけど大丈夫でしょうか?」

翔庭さんはバスに乗っていた最中ずっと酔って死にそうだった朝日を心配する。

だが朝日は今回の任務場所となるこの■■町に着いたと同時にバスから飛び出て、ウキウキで持ち場に向かってしまったのだ。


「んー、多分大丈夫だと思う」

俺はそう言い、周りを見回す。するとこちらに1人駆け寄ってくる人物を見つける。


「君らが僕のペア?」

現れたのは薄い水色とところどころ黒色が混ざっている短髪の生徒だった。身長はかなり高く、170cmほどある俺の更に15cmほど高い。口元にホクロがあり、顔が整っている美形だ。制服が俺達1年生のとは違い、ブレザーになっている。どうやら2年生はブレザーも選択できるらしい。


「は、はい!よろしくお願いします!」

と、翔庭さんは頭を下げる。それに同調して俺も「お願いします」と頭を下げる。


「2人ともよう出来てる子だねぇ。改めまして、僕は彗芽生海。僕のペアになったからにはきっちり守るから、心配はいらんよ」

彗芽先輩が優しい笑みを浮かべ、頼もしい言葉を口にする。すると翔庭さんが3回ほど頷き、俺たち3人は持ち場へと向かう。彗芽先輩は方言を隠そうともせずに流れるように方言を交えながら話す。そこも彗芽先輩はかっこいいと俺は思うのだった。



「えっとー、先輩はどういう力なんですか...?」

持ち場へと3人で向かっている時、翔庭さんが彗芽先輩に話しかける。たしかに連携して戦うのにはお互いの情報把握は必須だ。


「僕の力ぁ、説明が難しいんだけどお金?仮想通貨?みたいな感じかなぁ」

お金...どういう事だ?全くわからん。翔庭さんも「?」が頭の上に浮かんでるみたいに顎に手を当てて上空を見つめている。


「んーと、ミッションを達成したり何かを売ってお金が貰えて、そのお金で色んなものを取引で手に入れられるって感じ?」

ミッション?何かを売る...つまりRPGとかと似たような物なのか。


「例えば...」

彗芽先輩は両手を上に広げると、突然その両手からエナジードリンクが出てきた。そのエナジードリンクを俺たちに「もったいないから上げる」と言って渡してきた。俺は動揺したが、翔庭さんは案外すぐに飲んだ。翔庭さんは1口飲んだあと、「美味しいですよ!」と言ってきたので俺も飲む。


「...ホントにエナジードリンクだ」

かなり冷えているエナジードリンクの味が口に広がる。口の中に広がる炭酸を飲み込み、ふぅ、と息をつく。


「まあこんなん。取引内容は自分で作れるけん便利よ~、まあいざ戦闘って時に残高無くなっちゃうから今ぁ使わんけど」

彗芽先輩は両手に付いた水滴を払い、再び歩き出す。まだエナジードリンクを飲み終わってなかったので、俺達は歩きながらエナジードリンクを飲むことにした。


「さっき先輩が言ってたミッションって、どういうのがあるんですか?」

俺は彗芽先輩にしつこいようだが質問をする。彗芽先輩は全く悪態を付かずに「う~ん」と少し考え、教えてくれた。


「例えば僕の力が指定した部位を攻撃したり、敵を倒したり。簡単なんはゴミ拾いもあるんよ」

割とコツコツ貯めていく力なのか、と思いつつ、彗芽先輩が急に足を止めている事に気付いた。


「まぁいっちゃん貯まるんは、敵を足腰立たなくなるまでボコすことかな!.....って、あれ?」

彗芽先輩は振り返り、悪い顔で俺たちにそう話しかけてくる。わかっていた事だ。薄々分かっていたのだが....やはり特進クラスはネジが外れている人が多い。


「っとと、着いとうね」

さっきのはウケると確信していたのか、何も反応がなかったことに対し少し凹んでいる彗芽先輩は近くにあった壁に寄りかかり、くつろぐ。

暫く待ちぼうけになるだろうから俺達もその間に体を休ませることにした。


「いやぁ、今日はいい天気だねぇ。なんかいい事でもあるかも知れん」

彗芽先輩は空を見上げてニッコリと優しく微笑む。


午前8:45。俺が今持ってきた腕時計で確認した時間だ。

この町にいるのは俺が見た時点で30人ほどいた。そろそろ誰かが敵とエンカウントしてもおかしくは無い。

そしてそう思ったと同時に──


「....始まってんね、血気盛んだな~」

彗芽先輩が東の空を見上げる。この町は高専側が東西南北でそれぞれ生徒の位置を決めたらしく、俺たちは南の方のエリアを担当している。そして今内界力の解放によるプレッシャーを感じたのは東エリアだ。たしかあのエリアは...


「成宮くんと輝夜くんと前の賢くんのお友達の方ですね、大丈夫でしょうか」

そうだ、あのエリアは朝日と輝夜と大柳のチームのエリアだ。大柳は試験後、総合クラスに入って何回か任務をこなしているらしい。そして今回の任務にも同行を希望したというわけだ。ちなみに深瀬は来ていない。なんと言うかチーム割を見た時から思っていたことなのだが、あの3人はかなりキャラが濃いような....。


「一応....だけどいつ敵が来るか分からんけん持っといて」

彗芽先輩がそう言うと、俺たちに2つのコンパクトな持ちやすい盾をくれて、俺たちはそれを腕にはめる。

便利な力だ...


「あっちの戦況は──」

俺が彗芽先輩に今の戦況を聞こうと話しかけると、言葉は途中で途切れる。それは一瞬の間に真横から感じ取った莫大な内界力の解放が原因だ。


「──ッッ!!!2人とも!」

翔庭さんが叫び、俺たち3人の前の空間を歪ませる。俺が横を見ると巨大な氷の塊が飛び出してきて翔庭さんが空間を歪めてなければそのまま奇襲を受けて大打撃を食らっていた。だが突然きた攻撃に対応出来るはずもなく、歪んだ空間は崩壊。俺たちに尖った氷が迫ろうと──


「.....失敗、だな。」

氷は俺たちの体を貫く直後に砕け、地面にバラバラに割れた。

バラバラに割れた氷の塊の奥に見える女は、そう言って全身黒色のドレープが目立つ服に付いた埃を手で払う。女は白とシルバーの混ざった髪色で、少し長めでカールにしている。


「え...」

顔を腕で覆っていた翔庭さんはおそるおそる腕を顔から離し、状況を見て目を丸くして驚く。


「危なかったね。とりあえず無事で良かった」

彗芽先輩は俺たちを気遣ってくれ、静かに顔を上げて敵と相見える。


「さて、君は氷の力かな?」


「答える義務は無いな」

敵の女はそう冷たい返答をし、内界力を放出する。

途端に地面から氷が生え、彗芽先輩を襲う。


「2度目は喰らわんよ?流石に」

彗芽先輩は軽々と氷をかわし、一瞬で手から現れた短剣で氷を一気に砕く。...意外と腕力が強い。


左を見ると翔庭さんが手を構え、相手に攻撃する準備をしている。そうだ、俺たちも相手に攻撃をしないと。


「容易いな。未熟だ」

敵の女は手から氷を出して翔庭さんの空間の歪みも俺の炎も同時に"凍らせた"。


「氷って言っても常識の枠内とかそういうん、無しになってんね」


「単純な力だからな。常識の改変もしやすい。」


凍った炎は尚も氷の中で燃え続け、氷は解ける様子は微塵もない。このまま力を使い続けても内界力を消費するだけだな、と仕方なく俺は力を解除する。翔庭さんも同じく解除したようだ。


「んー、どう戦うかねぇ」

彗芽先輩が考えていると、考える余裕も与えないとばかりに氷塊が頭上から降ってくる。炎も空間の歪みさえも凍らされる氷。俺たちに太刀打ち出来るはずもなく.....


「全く、世話のやける~、まあ可愛い後輩だ。先輩が守るけん下がっとき。」

その氷をまた寸前で打ち消して短剣を捨て、刀身が淡く輝いている大剣を構え、氷を出現させる女に刃を向ける。


「広島県立実力行使専門学校、2年。彗芽生海。短い付き合いだけどどうぞよろしく」


「エンパイア特別班第2班、副隊長【凍御 こご】。1人の平和教授者として目的のために犠牲になってもらう。恨むなよ?」


「そりゃご立派なこった」


両者はぶつかり合い、俺たちはそのハイレベルな戦いを見ることしか出来なかった。


​───────​───────​───────

「──右3後ろ4!!」

誰かの怒鳴り声が聞こえる。そしてそれに応じ、相方は流れる敵の攻撃を次々と躱す。

「次は!?」


「ちょっと待って!今集中してる!」

指示役の男──朝日成宮は行動役の大柳堅に次の指示を出すべく正答の式を脳内で確立させようとする。

だが──


「くっそぉ、やりにくい...」

大柳が不満を漏らすと、「仕方ねぇでしょうが!」と朝日から怒号が帰ってくる。


状況は東エリアにて、朝日と大柳の2人が第2陣開始直後にチームから離脱、と言うより先に突っ走り、輝夜含む数名のチームメイトを置き去りにした。そして見事敵と一番乗りで邂逅。だが敵も2人いて、それが光を操る力を持つ黒装束の者と影から武器を生成したり取り出したり出来る力を持つ顔の頬と額に傷があるスキンヘッドの大男が相手だ。朝日が視界を奪われる前に見えたのはそれぐらいだった。


「次!右3!前4!」


「おうよ!」


幸い、今いるのは見渡しやすい広大な平野だ。地面を盤面として捉え、脳内でマス目を描く。そして出た答えを朝日が大柳に指示を出し、大柳がそれに合わせて動く。

そして攻撃の姿勢に入り、大男の下から大剣で斬ろうと──


「ッッ!バケモンかよ...!!!」

大剣で切る寸前、大男の地面が爆ぜた。それにより大柳は吹っ飛ばされ、受け身の姿勢に入ろうとするが後ろの瓦礫にぶつかる。


「言ってくれるな、小僧。だが残念、儂はただの人間よ」

大男は朝日の言葉を否定し、いつの間にか腕に嵌められているグローブのようなものを両手で合掌する。


「...おい朝日ぃ。」

大柳が立ち上がり、ヨロヨロとしながら暗闇の中で何処にいるかも分からない朝日に話しかける。


「いつまでこのイタチごっこが続くんだぁ?」


「そりゃ勝つまでっしょ」

朝日は大男が居るであろう方角を見ながら大男達に聞こえるだろう声量でそう言う。


「勝つにしてもよ?あの黒い奴を倒さなきゃなんじゃねぇのか?」


「まあね、あいつが邪魔なんだけども」

あの大男が何としても黒装束の男の元へ行かせてくれない。さっきから攻撃しては防がれ、攻撃しては防がれ、と繰り返している。


「どうした?小僧共、退屈そうな顔をして。若者がそういう顔なぞせんもんだぞ?」


「むしろ若者の方が退屈するでしょ...」

朝日がそう言うと大男はわははっと上機嫌に笑い、こう言った。


「若人の方が退屈するものか!それもそうさな、良かろう、戦い方を変える。おい!黒の童!」

大男が黒装束の事を呼ぶと、朝日達の視界が開け、少し眩しい光を感じた後にいつもの視界に戻る。


「これでどうだ?」

大男が朝日達に尋ねる。何故力を解除したのか、それは恐らくこちら側が舐められているからだろう。それを逆手に取る。朝日は作戦を頭の中で何個も導き出す。


「あぁ、絶好調だよ」

同じく視界が開けた大柳が朝日の隣に来て大剣を肩に担いで獰猛な笑みを浮かべる。大柳はやっとここからが勝負だと思っているようだ。


「──エンパイア特別班第2班、隊長【我瑠無 がるむ】だ。冥土の土産として覚えるが良いぞ。あぁ、そこにいる黒の童は【鍵眼 かぎめ】だ。」


「僕は朝日成宮。未来改変上等勝手きままのスタンスで行くからよろしく!」


「俺ぁ大柳堅。お前らみたいにかっけぇ肩書きなんざ持ち合わせちゃいない無名だ。よろしくな」

三者の戦闘前の自己紹介が終わり、2つのエリアで戦闘が始まる。



──朝日成宮、大柳堅の両者は力を開示。朝日成宮は自身を中心とした半径10mを力の効果範囲とし、"限定範囲戦局試行"(観測史上初使用)を開始。



朝日が限定範囲戦局試行開始と同時に大剣を持って待機していた大柳が敵へ突撃し、敵の間合いの数歩後ろで大きく跳ぶ。


我瑠無は、瓦礫の影から武器を取り出し、一振の剣を取り出す。これに対し、大柳は大剣に力を込め、横に一閃する技を大柳の力によって超強化された大剣で薙ぎ払う。

大柳は剣を薙ぎ払われ、後ろへ後退りをする我瑠無へと追撃をする。

その一撃は我瑠無へと響き、頭部から少し血を出し、でかい体がよろける。


だが、これで終わるはずもなく我瑠無は直ぐに姿勢を直し、大柳へ突進をした。


目を白目にし、完全に我を失った状態で。


​───────​───────​───────

「...あの二人はどこに行ったんだ.....」

息を切らし、前髪が乱れている星霧輝夜はそう呟く。


それに同調し、他クラスの生徒が「大柳さんは突っ走りやすいですから...困りましたねぇ」「先生に報告した方がいんじゃね?」と同行する2人がそれぞれ意見を述べる。


(...やりにく~~~!!!コミュ障にはキツイって1人で2人のお世話とか!無理すぎるやってられるか!あの2人やばく帰ってきてくれよおおおおおお)

心の中で、輝夜は悲痛な声で泣き叫び、今必死に戦っている2人に早く帰ってこいと無理難題を言いつけるのであった。

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