早くも次の舞台へ

赤いカーペットが敷かれた煌びやかに彩られた長く続く、廊下の圧倒的な存在感を醸し出している自分たちの身長の4倍以上もある大きな扉の前で2人の男がヒソヒソと話している。


「──おい、お前が行けよ」

声を潜め、1人の男がもう1人を急かす。


「馬鹿言うなよ、俺は嫌だお前が行けよ」

もう1人の男は首を激しく振って拒否の意志を示し、絶対に行かないと反抗する。


「俺だって嫌だよ!」

思わず出た大きな声がやけに寂然とした廊下に響き渡る。その瞬間に大きい声を出してしまった男は口を両手で塞いで顔を青くする。


音も立てずに、扉が開かれる。それを見た男二人は目にも止まらぬ速さで腰を90°に折り、扉から顔をのぞかせる人物に頭を下げる。


「──用件は?」

扉から右半身だけを覗かせ、頭を下げる2人の腰を黄色い瞳で射抜く男が短く問う。男の髪は黒色で長めで、1番長い髪は首まで伸びている。身長はかなり高く、2人の男の身長をゆうに越えている。


「そ、その....菓子を持っていくよう上に言われましたので...」

頭を下げたまま1人の男が恐る恐る黄色い瞳の男に用件を口にする。


「──了解だ。ご苦労だった、受け取ろう」

黄色い瞳の男は2人の下っ端が差し出した菓子を丁寧に受け取り、音を立てずに静かに扉を閉じた。


下っ端の2人は、なるべく物音を立てないように早足でその場を逃げるように去って行く。



「お菓子~おっかし~♪」

部屋の中で白と黒のツートンカラーの髪色の男が機嫌良さげに笑みを浮かべる。


とてつもなくて大きい扉。その先は黒と金で彩られた部屋だ。真ん中にはガラス張りの机があり、そこに男3人、女1人が机を囲んでいかにも高そうなソファに座ってくつろぎながら話している。今更ではあるが、ここはエンパイア本部だ。


部屋で机を囲んでいる4人の体にはそれぞれどこかの部位に自分を示すための名前が彫り込まれている。部屋にいる4人は、"四命将"というエンパイアの最高指導機関のメンバーである。


1人目の肩から膝程まである長い黒い服を着ている白と黒のツートンカラーの髪の男は首元に【ロベリア】と彫り込まれている。くっきりとした黒色の瞳を宿した目は、何処か気味悪さを出している。この男は、以前の特進クラス選抜試験時の侵入者として乱入した男である。


2人目の右目は黄色、左目は瞳孔が薄水色の黒い瞳を持つ黒く長い髪で身長がほかのメンバーと比べて高い男は【プリムラ・キャンベル】という名で、会議用のスーツの袖から見える男にしては細い腕には【プリムラ】と彫り込まれている。


3人目の藍色の髪を後ろで縛っている、薄緑色のツリ目で一振の刀を携えているいかにも和装といった姿の男は【シロツメ】と和服の胸辺りから見える肌に彫り込まれている。男は一振の刀を大事そうに撫でている。そして彼は賢の一家を惨殺し、賢を一瞬で死に際まで追い込んだ張本人である。


4人目は可愛げのあるおっとり系の四命将唯一の女子。薄紫のグラデーションがかっている瞳で、黒く長いサラサラと綺麗な髪に装飾品は一切付けられておらず、それが逆に魅力をだしていた。この女子は何処の高校の物か、制服を綺麗に着こなしていて外見は完全に高校生である。そんな彼女のスカートから時折見える腿には【シオン】と彫り込まれている。


世界的組織の中の4人の最高司令官。4人は口を開かず、ただソファに座って時間が過ぎて行くのを見守っているだけだ。下っ端の男達から貰った菓子を持ってプリムラが戻ってくる。男達が持ってきたのは何故か硬いタイプの煎餅で、プリムラが「....本当に我々宛の物なのか?」と口にしてから静かに座る。それからまたも沈黙の時間が流れる。


しばらく経ってから状況を見かねたのかロベリアが煎餅を1枚取って齧り付く。部屋中に咀嚼音が響き渡るほど音が大きい。そして煎餅を食べ終わってから彼は口を開く。


「──矢羽根凪はどうするつもり?俺が試験会場に乱入した時は、そこまで本気じゃなかったっぽいよ、あいつ」

ロベリアが珍しくいつもより真面目に会議を進行させる。


「だが善戦はしたのだろう?それなら矢羽根凪はさほどの問題では無いのでは?」

ソファに頬杖を着いて行儀の悪いロベリアの言葉に対して、プリムラがそう反応する。それに加え、プリムラはロベリアの行儀の悪さを指摘する。だが、ロベリアはその指摘に応じず。ロベリアの言葉を無視する。


「ですが彼が命頭の可能性も考慮して対策は練っておくべきではないでしょうか?聞いた話では、彼の力は既に進化を遂げていると聞きました。」

今が話せるチャンスと踏んだのか、続けてシオンが挙手をして補足を付け足す。彼女は他のメンバーと比べてかなり大人しく、頬杖を付いているロベリアや思いっきり寛いでいるプリムラや、何故か刀をソファに刺したままにしているシロツメとは違く、背もたれに寄りかからずにソファに小ぢんまりと座っている。


「...私も、以前の実行高専の周辺情報収集の際に矢羽根凪と対峙しましたが.....背筋を冷や汗が伝いましたよ。彼とまともに殺り合えば四命将も欠けかねない。命頭の可能性は頭に入れておくべきかと」


シオンの言葉に、続けて実際に矢羽根凪と対峙したシロツメがシオンの意見に賛成する。

発言をした後、シロツメの脳内に矢羽根凪と糸の力、そしてあの時対峙した青年──賢の顔がフラッシュバックする。

記憶の中に残る賢は、怒りに燃え、血が滲む程に拳を握りしめていた。あの時に、シロツメは僅かに恐怖を感じていた。単純な感情の揺らぎとは考えにくく、本能が訴えかけているような、嫌な気分であった。

(あの炎の御人はリスクを背負ってでも殺しておくべきだったか.....いや、それは無いな。)

と、ただでさえ開いているか分からない長細い目を、更に細めて頭の中で賢の事を考えているのだった。


「うーーーん、どうしたものかなぁ」

ロベリアが大きくため息をつき、机に体重を預ける。

この四人は今、ロベリアから実行高専へ乱入した際の報告を受け、矢羽根凪の想像以上の戦力に危機感を感じて矢羽根凪の対策について会議をしている最中だ。矢羽根のみに戦力を注ぎ込めば矢羽根を殺せずとも動きを封じることが出来る。だが、戦力を他に分散しすぎて他の実力者から襲撃を受ければ元も子もないので、悩んでいたところだ。


「...暇だなぁ」

ロベリアが口を開く。実際、小一時間この話をダラダラと続けている。暇と思うのも仕方がない。

すると、プリムラがわざと大きくため息を吐いて苦言を呈す。


「全く。事は重大なのだぞ、分かっているのか」

プリムラは、ソファに寝そべるような形で座っていたが、体を起こし、手のひらを見せながら呆れたようにそう話す。だがロベリアは、プリムラの言葉を軽く流すだけで話を終わらせた。

プリムラが下を見て額に手を当てていると、不意にどこからとも無く視線を感じ、顔を上げる。こちらをじっと見つめているシロツメと目が合う。何事か、とプリムラはシロツメの言葉を待つ。


「....煎餅、食べないのですか?プリムラさん。食べないのでしたら私にくださいよ」


シロツメがそう言って手を付けられていない煎餅をプリムラから強奪しようとする。ロベリアは「やれやれ」と少々呆れ気味で、シオンはいつもの事だと言わんばかりにクスッと微笑む。

プリムラはシロツメのまさかの行動にいつもの事ながら驚きに目を見開く。当然だ、ろくに話し合いに参加せずに上の空だった者が、急に話しかけてきたかと思えば突然煎餅を強奪しようとしてきたのだ。


「はぁ、もう良い。好きにしろ」

プリムラは呆れ、煎餅が数枚乗った皿をシロツメに差し出す。


「感謝致します、実は私煎餅が大が付くほどの好物でして」

煎餅を噛み砕き、大きい音が何回も部屋に響き渡る。


「.....」

あまりのうるささに顔をしかめる面々。

部屋に重い空気が流れる。

そのまま時間だけが過ぎていき、結局対抗策は見つからなかったのだった。


​───────​───────​───────

「朝日さん、これ」

特進クラス、朝日の席にて。朝日が宿題に追われて朝学活前にやっていると、星霧輝夜が朝日にプリントを手渡す。


「う~~ん、なるほどねぇ」

朝日は頬杖をつき、考え事をするようにプリントを見つめる。


「これ、賢は誰とペアなん?」

朝日はプリントを手で掴んでヒラヒラし、星霧輝夜に聞く。


「確か、翔庭さんだったと思い、ます」


星霧輝夜が答えると、朝日は宿題のワークを閉じ、星霧輝夜に手を伸ばす。握手をしようという意味だろう。


「よろしくね!さくっと終わらせちゃお!」


星霧輝夜は朝日と握手を交わし、微かにピアスを揺らす。

後日、実行高専の生徒たちに配られたプリントにはこう書いてあった。

~~エンパイア対抗陣第2陣についての通告~~

1.日時

5月10日、午前8:30より開始。


2.参加生徒

本校の1年部、2年部のみ。


[普通クラス]

参加は原則なし。


[治療クラス]

3クラス96人の内8~12人までを目安とする。

参加希望生徒もしくは教師から推薦された生徒のみ。


[総合クラス]

4クラス84人の内10~15人までを目安とする。

参加希望生徒もしくは教師から推薦された生徒のみ。


[特進クラス]

参加要請の通達が届いた生徒。


3.場所

岡山県■■町にある、エンパイアが設置している仮拠点。


4.エンパイアの敵陣の現在わかっている力と数について。

数は約10人。

確認済みの力

・植物を操る力

・氷を出現させる力

・光を操る力

・影からあらゆる武器を生成または取り出す武器

以上の力はおおまかで不確定な情報であり、それ以上またはそれ以下の強さの可能性が有りうる。


5.負傷者の対応

戦闘不能の怪我をした場合、直ちに医療班が居場所確認、急行して治療。応急処置が終わった後速やかに戦線離脱。


6.緊急事態時の対応

予測していない事態が起こった場合、教師を必要に応じて投入、速やかな対応をする。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「いやぁ~、第2陣は先輩方も来るのか!」

思いっきり伸びをした朝日はそう口にする。


「期待してるよ、賢」

誰にも聞こえないような声で、賢への期待を込めてそう口にする。そして朝日は賢と真名がイチャついているのを見ながら「...宿題やらないと」と急いで宿題に取り掛かるのだった。




「──今回は共闘ですね!」

翔庭さんがプリントを俺の目の前まで持ってきてヒラヒラと見せびらかす。


「おぉ、ホントだ」


「頑張りましょう!賢くん!」

翔庭さんは張り切った表情でガッツポーズをする。だがその腕には筋肉などは一切無く、少し力を入れてしまえば折れてしまうような細い腕があるだけだった。心もとないが俺にとってはこれが1番落ち着く。


「岡山県■■町...?」

俺は聞き慣れない地名に疑問を抱く。


「あのーあれです、藤の花で有名だったはずです!」

藤の花...。なるほどわからん。


「まぁ行ってみれば分かるか」

適当に返しといて俺はもうすぐ朝学活が始まる事に気付き、急いでバッグを仕舞う。


「はーい静まれ静まれーみんな席着いて~」

扉が開き、矢羽根さんが教室に入ってくる。


クラス内の皆が静まり返り、席に座り出す。


「第2陣、5月10日なんだけど。今日が5月3日か、ちょうど1週間後?まあとりあえず怪我とかしないように~」

いつもの様に軽々しい物言いで生徒たちを応援する。


「なぁんか今回は相手が強そうだから先輩たちも入れといたよ」

そうだ、先輩方も来るんだ。俺はこの学校に来てから先輩と話したことがないのでどんな人かは分からない。


「はいはい!誰来るの!」

朝日が元気よく手を挙げ、勢いよく椅子から立ち上がる。

先輩たちの名前は知っておきたいが、誰が誰なのか俺にはよく分からないので聞いたところでだ。


「え?医療クラスと、総合クラスとここの生徒とついでに君らの先輩」

...この人意外と馬鹿だよな。そう思いながら俺は窓の外を見る。いつも通りのいい景色で空はいつも通り青い。いやちょっと曇ってるな。


「違う!先輩方が誰来るのか!」

朝日は笑いながらそう訂正し、再び矢羽根さんに質問する。


「んーなんか2年の生徒は誰来るか決まってないらしいよ。まあ【彗芽 生海 すいめ なるみ】と【翠咲 結縁 すいほ ゆえん】は来るだろうなぁ。あいつらは血気が盛んだから」


「ん...?」

俺はとある言葉に反応し、外の景色から矢羽根さんの方へ視線を移す。翠咲...?もしかして翠咲さんのお兄さんか?何回か話題には挙がってたけど実行高専にいたのか。

翠咲さんの方を見やると、翠咲さんは顔を赤らめて俯き、押し黙っている。


「生海は来るだろうねぇ、結縁って人は会ったことないな」

朝日は手を顎につけ、若干上を見ながら思考に集中する。


「まあ、そんな事だから、皆気を付けてね~。あ、あとなんか変なとこ寄り道しないでね?」

矢羽根さんは軽い口調でそう言い、会議があるからと言って教室を出ていく。

代わりになんと田原先生が教室に入ってきて、俺と翔庭さんにアイコンタクトをして今回の第2陣について説明を始める。


「今回の任務は初陣の時とは違い、単純な腕試しってとこだ。ちゃんと成績に入るから心して任務に取り掛かるように。あ、でも成績のこと考えすぎてうっかり倒れるなんてことはしないでね?」

最初は威圧感のある先生っぽい雰囲気だったのに最後の方が田原先生感があったな...と俺は思いつつ、先輩たちはどんな人なんだろうと考える。怖い人だったら嫌だなぁ、まあ先輩って怖いイメージがあるんだけど...。中学時代の俺をたかってたのも先輩だったし。


「じゃあ、この話は終わり。朝学活も終わろう。」


そう先生が言うと、日直(この日は輝夜だった)が号令をかけ、朝学活を終わらせる。


​───────​───────​───────

とある街。その街はほぼ壊滅的な被害を受けていて、建物などは崩壊、所々に巨大な氷の山や武器が血を垂らして民家に刺さっていたりする。


その街の一端のまだ完全に潰れていない民家の中。一人の男が身を震わせながら隠れていた。


──足音が聞こえる。男は叫んでしまいそうな口を抑え、必死に声を殺す。その足音は優雅で、1寸の曇りもない綺麗な足音だった。男は耳を澄ませ、その足音が遠ざかっていくのを確認する。出来れば遠ざかる足を一目見たかった──否、見ることが出来なかった。何故ならば男の視界からは光が奪われ、一時的な盲目となっていたからだ。


(誰か...誰か...!!!)


次の瞬間、勢いよく扉が開かれて男は敵が来たと身を震わせた。


「救助に来た!誰かいるか!」

その声は、男に莫大な安心感と希望を感じた。

誰だろうか、いや誰でもいい。この廃墟と化した、いや、地獄と化した街から私を救ってくれ。

男は縋るように扉から入ってきた男らしき人物に飛び込む。


「...?」

男は下半身に違和感を感じる。何か水が染み込んだような、足元がヒンヤリとするような。


「──あぁ?」

男が下半身に手をやると、あるはずの腰や足が無く、ヒンヤリと冷たい空気と水滴...自身の血の感触だけが男の手を伝った。


「あ?え、わ、私の...ぇ」

男は言い終わる前に凍り、人型の氷像が代わりに出来た。


「今の人間で、この街は全員か?」

大男が扉の前にやってきた女に問う。


「いいや、まだ居るかも。念入りに探さないと」


大男はそれに対し「それもそうさな」と適当に返し、持っていた刀を投げ捨てる。だが刀は地面に落ちずに突然地面から現れた黒い穴に落ちていった。


「便利な力ね。」

女が大男にそう話しかける。


「まあな、儂はあんまし好きになれないが」

大男がそう答え、2人は並んで歩き出す。


2人は岡山県■■町にある、とある街を一つ壊滅させていた。



特進クラス第2陣の門出は、街1個分の壊滅で祝されたのだった。

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