3人組の休日生活
視界が真っ暗で何も見えず、微かな意識の中で賢は声を聞いた。
「あー!まさ─たよ!──っちに寝そべっ─」
朦朧とする意識の中、誰かの男の元気な声が聞こえる。誰の声かは判別できない。
「─る君!はや──れて行きましょう!」
今度は女子の声が聞こえ、賢の体を強引に揺さぶる。
頭がぐるぐると回る感覚に賢は嫌な気分になる。
そのまま賢は落下するような感覚に襲われ、プツッと音がして完全に意識が世界から遮断される。
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暗闇だ。突然脳が覚醒し、意識が復活する。
俺は1度目を開け、一瞬だけ見慣れない天井が視界に映り、蛍光灯の眩しさで開けた目を閉じてしまう。目を閉じた状態で体をベッドから起こす。
そして目をゆっくりと開け、徐々に明るさに慣れてくる。
まだ視界が完全に開けていない細目で辺りを見回す。俺がいる部屋は白が強調され、最低限の家具、それも俺が横たわっていた白いベッドと木製の机とパイプ椅子しかないかなり簡素的な部屋だ。
おそらくここは病室だろう。勝手にそう結論付け、誰か来るまで待ちぼうけだなと再びベッドに横たわる。
「俺がこうやって生きてるのを感じる限り、勝ったっぽいな。」
先の戦闘の勝敗は、俺が今生きているという事実が分かるだけで結果は明白だ。
「...それにしても、強かったな」
初陣にしてはかなり強かった気がする。
だが実際良い成長にはなった。と願う。
消炎を応用した炎の火力上げ。消炎は攻撃にも使えるしバフにも使えるようになった。これは大きな"力"となり、俺は更なる強みを掴み取る事だろう。
「それでも、使い勝手は悪いけどな」
不意に病室のドアが静かに開かれる。中から顔を出したのは花が生けてある花瓶を持った翠咲さんだった。
「あれ、まさ起きてんじゃん」
と、翠咲さんはこちらを真っ直ぐ見つめ、それから俺の起床を祝福した。
─────────────────────
「今回の初陣、見たでしょ」
上層部専用職員室にて。矢羽根凪が1人の老人──藤岡春江にそう話し始めた。
「うぅむ、初陣に適した任務ではなかったのでは無いか」
上層部の1人、中でも矢羽根に友好的な70代前半の老人が反応する。彼は70代とは思えないほど若顔で一端から見ると60代までサバを読むことができる。
「いいや、実際勝ってるんだ。不適な任務じゃなかったよ」
対して矢羽根もそう反論する。
「しかし朝日成宮と言う名の生徒が居なければ彼等は負けていたぞ。それも今回の班を組んだのは朝日成宮で、今回の班で無ければ勝てなかった相手、おそらく胸ほどもある実力者だろう。我々は敵の強さを見誤り、誤った判断をしてしまった。」
「そうだね、成宮が俺らに直談判して班員を変えさせなければ全員あそこで死んでただろうね」
「何者だ?空間認識の力...詳細は公開されていない。お前は知っとらんのか?」
「俺が知るはずないでしょ」
矢羽根は軽く否定し、長めの前髪をいじる。
「.....そうか」
老人はそう言ってこれ以上の話の追求をせず、窓の景色を眺め、言った。
「花が咲いて、枯れて、新しい花の芽が出てくるように儂らの世代の交代が来たのかのう」
感慨深げに老人がそう呟く。
「俺を年寄りと一緒に見られるのはやだなぁ」
「──少々寂しいのと同時に、儂は新たな若者の期待に胸を膨らませておる。一体どんな立派な人間が花開くのだろうか、と。凪、お前もそうは思わんか?」
矢羽根の言葉をスルーし、老人はそう口にする。
「まあ、俺らは精一杯サポートするだけでしょ。後は彼ら次第だ。」
「それもそうだな。」
矢羽根の答えに藤岡は反応を示し、矢羽根と2人で暫く外の景色を見つめるのであった。
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場面は変わり、翠咲さんが皆を呼び、病室に俺を囲むようにして今回の初陣にいたメンバーがパイプ椅子に座っているという状況だ。
「はろーまっさる!」
手を挙げ、朝日が元気良さげに独特な挨拶をする。
「良かったです、賢くん」
翔庭さんが俺の身を案じてくれており、それに俺は頭を下げて感謝する。朝日が「僕は!?」と落胆の表情をし、肩を落とす。
「冗談だよ、朝日もありがとう」
俺はちゃんとお礼を言い、戦友に感謝を伝える。
翔庭さん達から話を聞くと、どうやら戦いが終わったあと医療担当クラスの人達が来て俺を病院に運んでくれたそうだ。最も、探し出して見つけたのは翔庭さん達らしいが。
なんと今回の戦いは負傷者2名(俺と朝日)だけで死者数も0、あの村の死傷者も0らしい。その事もあって今回は素直に喜べる。そして敵の2人の遺体は見つからなかったという。血の痕跡はあったのだが、ある地点で途切れていてまるで遺体が神隠しにあったかのような状況だったらしい。
「てか、どれぐらい寝てたの?」
俺は皆に聞く。体感は本当に一瞬であったが、実際は一日以上経っててもおかしくはない。
「2時間半でしたよ」
2時間半...?俺は想像より遥かに少ない時間に驚き、目を見開く。
「医療担当クラスの人達が頑張ってくれたおかげです。」
あぁ、そゆこと。道理で倒れる前よりも体が軽かったりするわけだ。
「じゃ、賢も全快みたいだしなんか食べに行こうぜ!」
朝日がそう提案する。
「うち塾だからパス~ごめんね」
翠咲さんはそう言い、急ぎめに準備をしてそそくさと部屋から出ていく。去り際にウィンクをし、それを見ながら翔庭さんもウィンクをしてみる。だがウィンクは失敗に終わり、変顔のようになってしまった。
「2人とも行けるよね!」
朝日は俺と翔庭さんの肩をガシッと掴み、目をギラギラと輝かせながら俺たちを連れ去ろうとする。
「は、はい!」
翔庭さんは思ったより乗り気で、すぐに準備をして行くと言って外出の準備をする。俺も断る理由は無いため、「じゃ俺も準備するわ」と言って準備に取り掛かる。
俺たち3人は黙々と準備をし、先に俺が1番早く終わる。
「エンパイアの敵たち、強かったですか?」
話題がなくなって少し気まずい空気の中で翔庭さんが俺と朝日に問いかける。
「うん、強かった。特にあの細身とマッチョ」
「特にも何も敵は2人だけだったぞ...」
朝日が敵2人を評価し、俺が気になる部分を突っ込む。朝日はへへっと軽く声を立てて笑い、暇そうに天井を見つめる。
「賢と真名、葵莉、そして僕。4人揃ってなければ勝てなかったよ、今回の戦い。」
そうだ、それぞれの力を発揮できていなければ、俺たちはあの敵2人に敗北、初陣を血で飾ることになっていただろう。
「と、に、か、く!!」
俺達がしんみりしていると、朝日が急に大声を出したので俺は驚いて朝日の方を向き、翔庭さんは細い方をビクッと思いっきり震わせた。
「初陣が勝利でよかった!」
と、初陣の勝利をめでたく祝うのであった。
俺たちはバッグの準備が終わり、病室を出て軽い退院手続きを済ませて病院をでる。病院の看板を見ると、この病院は実行高専専用の病院で、どうりで出入口までの道のりに学生服を着た人が多かったわけだ。
「──でさぁ、僕はうすしおの方がいいだろって言ったの」
朝日の他愛のない話に、俺と翔庭さんは「おう」や「うんうん」などと相槌を打つ。
「そしたらその友達酷いんだよ!?キャラメル味こそ至高だとか言って!うすしおをバカにするわけ!」
朝日の話だと、朝日は友達と映画に行ってポップコーンを買う時、2人でポップコーンの味についてなんと30分程も言い合っていたそうだ。
「絶対うすしおの方がいいよね!賢!真名!」
朝日は俺たちに異論は認めないと言うかのようにな視線を送り、確認を取る。
「俺はキャラメルだなぁ。何度食べても飽きない」
そう、キャラメル味は何度食べても飽きないのだ。対してうすしおはどうか。味がキャラメルに対して目立たず、彩りもない。そして何より飽きやすいのだ。
「飽きるわ!じゃ賢おまえ今度キャラメル味のポップコーン100個ぐらい食べろよ!!」
「そんなに食べたら何でも飽きるだろ...」
俺は暴論に対して苦虫を噛み潰したような顔をして反論の意志を示す。
「真名は!」
朝日は俺じゃダメだとさとったのか、翔庭さんに焦点を当てる。
「私ポップコーン食べたことないんですよ...」
朝日は気の毒げに「あぁ...そうか」とそれ以上ポップコーンの話をするのを止め、せめてもの抵抗なのかずんずんと歩幅を大きくしていく。
そして俺はため息を吐きながら、翔庭さんは子供を見守る保護者のような慈母感溢れた眼差しをしながら朝日に駆けていった。
俺たちが早足で歩いていると、朝日は急に立ち止まる。急に立ち止まったため、朝日の背中が翔庭さんの顔にぶつかって翔庭さんは痛そうに鼻を抑えて悶える。
「朝日ー?」
俺は朝日にどうしたのかと問いかける。
すると、朝日はこっちを振り返って向こうに見えるステージを指さす。顔はまるで子供が教育番組のキャラクターに現実で出会った時のキラキラと目を輝かせた純情な瞳をして満面の笑みを浮かべていた。
「あれ!あれ行こう!!」
朝日の視線を追ってステージ上の看板を見ると『摩訶不思議!秘奥の幻境:しょうたいむ!!』と、賢から見たら意味のわからない文章が書かれて、おそらくマジックショーのような物だろう。
「マジックショーですか?」
翔庭さんが不思議そうにステージの方を見つめる。そういえばこういうのも翔庭さんは見たことないとか言ってたな。
「うん!!行こう!」
朝日が俺たちの服の裾を引っ張ってステージ付近の観覧場に連れていく。座れる席がなかったので、俺たちは立って見ることにした。相変わらず朝日は子供のように目を輝かせて前のめりになっている。翔庭さんも翔庭さんでスマホと公演時間の書いてある看板を交互に眺め続ける始末だ。俺たちは3人で横に並び、左から朝日、翔庭さん、俺という順番だ。翔庭さんが隣にいて改めて感じる。
(いい匂いするなぁ...)
俺はいい匂いにニヤけるのを隠すために周りを見るも、実行高専の生徒はいなく、制服を着たままここにいるのは俺たち3人だけのようだ。
「──おぉ?淡生か?」
俺がボーッとしながらステージを見つめていると、右から声がかかる。俺が横を見ると、そこには特進コース選抜試験の時に戦った大柳堅と深瀬永流が2人でこちらに近寄ってきていた。
「あ、君たちは...」
試験の、と言葉を続けようとしたが大柳堅に肩を強めに掴まれ、驚いて俺は言葉を発するのを中断する。
「淡生!!特進コース進出と初陣勝利...おめでとう!!!!」
と、バカでかい声でそう言い、俺をハグしようとしてきたので手で押しやる。
そんな彼の格好は試験の時は髪をかきあげていたが今は髪が下ろされ、試験の時とは違ったかっこよさが滲み出てる。服は黒いパーカーでお腹辺りに白色の一本線が横に入っている。
そして深瀬永流は試験の時と同じく髪が整えられて後ろ髪が少し刈り上げられているようだ。服はサイズがデカめのワインレッド色の服で、若干萌え袖をしている。
両方とも片手にコンポタージュの缶を持ち、マジックショーを堪能するつもりのようだ。
2人は俺の後ろに横に並び、コンポタージュを大柳はすぐに開け、深瀬は少し振ってから開けた。それを見て大柳は「やべぇ振るの忘れた」と後悔の表情をした。
「お前たちもマジックショー見に来たのか?」
大柳が俺に肩を寄せてコンポタージュをふーふーしながら問いかける。
「あぁ、朝日が見たいって言ってさ」
「ほぉう。というか、朝日成宮じゃないか?お前すごい人脈だな...」
たしかに俺の人脈は訳が分からん。
「あー、元々クラスが一緒で...」
俺は曖昧な返答をする。すると、今の今まで黙ってた深瀬が口を開く。
「特進コース繋がりじゃないんか?」
「あぁ!そういうことか!!」
どうやら大柳は納得したみたいなので俺はそれ以上の追求を止める。
次の瞬間、ステージが爆発──否、爆発の演出がされた。
俺は少し驚き、下に向けていた目を何故か翔庭さん達の方に向けた。翔庭さんは思いっきり驚いてスマホを落としそうになって割とギリギリで掴んだ。朝日はそんな翔庭さんに目もくれずキラキラと輝く目で大口を開けながらステージを見つめている。
後ろを振り向くと、大柳堅は「おっ、始まったぞぉ!」と深瀬の背中をかなり強く叩き、深瀬がよろける。見ているだけの賢でも背中がゾワッとするほど強烈な一撃だ。
『レディィィィスエーンド、ジェントルメーン!!』
とマイクを持って会場を爽やかな聴き取りやすい声が支配する。
ステージ中央から煙を四方八方に風の刃のようなものを飛ばしながら現れたのは、タキシードを着こなし、縦に長い帽子を深く被っている中年男性だ。マジックというのは最近注目され始めた職業で、力を使って派手な技を披露したり、客へ伝承を語り継ぐのが一般的だ。
『さぁてさて!時間が無いので早速演目に行くとしましょう!御覧観覧どうぞ歓声!!』
マジシャンが2回続けて拍手をすると、観覧場の周りを囲むように紫色の炎柱が燃え上がり、少し経って上空に花火の様なものが爆発した。それは緑と青が混ざっている綺麗な色で、人々を魅了した。1回、2回、続けて花火が上空に打ち上げられる。
『──昔昔、大昔のある所に少し変わった力を持った少年がいました。』
マジシャンは客席の方を見ながら会場の人々に話しかける。
『その少年は、それはそれは美しい紅蓮の炎を好きなように出せました。少年は、人々を魅了する炎をさぞかし気に入り、村の住民、果ては殿様にまで様々な形に変形した炎を見せびらかし、たまに合わせて踊るように派手に炎を出して悦に浸っていました。』
マジシャンは、手から左半身から紫色の炎を、右半身から青色の炎を出し、会場に花のつぼみのような模様を作った。会場にいる人達は皆、その綺麗な炎を見るなり歓声を上げ、数秒間会場に拍手の音が鳴り響く。
『その力を気に入った神様は、その少年に生きる術を教え、試練を与えました。その試練すらも、少年は見事に成し遂げ、少年は神様から認められました。』
花のつぼみのような模様は、見事な炎の花となって咲き、またも会場全体を魅了し、再び会場を拍手と感嘆の声が包む。
翔庭さん達もすっかり見惚れて全員視線を釘付けにしている。俺も花開いた美しい炎の花を脳に焼き付けようと見つめる。
『.....神様は、青年となった少年へ、最後の試練を与えました。』
『少年はその試練にとてもとても驚き、悲しみました。ですが最後には、青年は完全に悪に溺れてしまった神様を討ち取り、自身も力尽きて神様と共に深い深い眠りについていきました...。青年は、世界の英雄となったのです。』
物語の終幕を表すように、炎の花は突然ガラスが砕けたかのようにヒビが入って割れ、花びらが空中を舞う。俺はステージ上のマジシャンに目を向ける。
『では、午後の第1部【"大罪神"と"偽りの英雄"伝承】を終わりとさせていただきます!次はまたどこかで会いましょーーう!!それでは、良い1日を!』
と、舞台の閉幕を宣言してマジシャンは未だ会場の周りを囲む炎を消し、会場に現れた時と同じ様に派手な爆発の演出をして姿を消した。
『会場の皆様にお知らせします。次の演目は、有料チケットご購入のお客様のみの演目【"エレナ"と"欺栄王" ぎえいおう】となっております。』
と、会場のアナウンスが流れたところで、ボーっとしてた俺は急いで帰る支度をする。大柳達は、有料チケットを買っていたらしく、どうやらこの演目が目的でこの会場に来たのだそうだ。俺達は大柳達に別れを告げ、会場を後にする。
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「いやぁ面白かったね!」
朝日は満足気に大股で鼻を鳴らしながら歩く。
「マジックショーってこんなに面白いものなんですね!」
翔庭さんも珍しくテンションが上がっているようだ。マジックが終わってから二人共ずっとこのテンション感であり、何故か俺だけ落ち着いている為、疎外感を感じる。
「でー?どうする?どこの店行くよ」
朝日は振り返って俺と翔庭さんにどこの飲食店で夕飯を食べるかと聞いてくる。正直マジックの途中から腹が減っていたので、朝日の提案はかなり嬉しい。俺が病院で起きたのがお昼頃だったので、まだ何も食べていないことに気付く。もうすぐ日が沈む頃だ。腹が減るのにも納得がいく。
「寿司屋とかどうだ?」
俺は今、定食やラーメンよりも何故か猛烈に寿司が食べたかったので、寿司屋を提案する。
「じゃあ私もお寿司がいいです!!」
俺が寿司屋に行こうと提案をすると、翔庭さんも変わらずハイテンションで同調してくれる。朝日は「おっけー、じゃ予約するね」と言ってスマホをいじり、元から入れていた寿司屋のアプリで予約をする。
その後、俺たちは寿司屋へ行って寿司を堪能し、デパートやゲームセンターなどに行き、結局帰るのは20時頃となった。
家に帰ると、矢羽根さんが食後のデザートに、とパフェを作っていたらしく、俺は自分の部屋へ行き、すぐにバッグを置いて部屋着に着替え、矢羽根さんと共に食卓に着いた。
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