"空間加重" "阿吽の息"

「剛翔、私はセンター分けの方を担当する。だからお前は──」

エファージが剛翔に作戦の提案をする。火力バカには火力バカを。それが最適だろう。だが.....


「いいやダメだ。2対2の混戦でいくぞ」

剛翔が言うことを聞かない事など今に始まったことでは無い、とエファージは嘆息する。


「はぁ、全く。お前は扱いずらくて困るよ」


「はっ!んなこたぁ昔っからの馴染みだろ?」

さっきとは打って変わって上機嫌となった剛翔にエファージは「それもそうだ」と返し、相手の2人の青年──淡生賢と朝日成宮に体を向ける。


「...何故私たちの話が終わるまで待っていた?」

エファージは剛翔と話している最中に奴らは技を打ってくると予想し、カウンターの準備をしていたのだが予想が外れてしまった。


「だってここで技打ってもどーせ受け流すかカウンターするんでしょ。だったら僕らも作戦を決めたいなと思って」

それに対して朝日が当然と言わんばかりに答える。


「朝日と言ったか」

長剣を肩に担いだ剛翔が朝日に話しかける。


「成宮、でいいよっ」

朝日成宮が軽い口調で言葉を返す。

剛翔は返事をせずに肩に担いでいた長剣を両手でしっかりと持ち、構える。


場の空気が一気に重くなる。


それは剛翔が長剣を解放した時の緊張感が場の空気を支配することによって起こる──否、この空気の重さは....


「私の力だ。空気と定義したものを瞬間的に重くする。シンプルだろう?」

エファージは肌の白い手を顔の横で逆さに広げて自身の力であることを自白する。


「....これぐらいで俺たちが動けなくなるとでも?」

賢は厄介だと判断したのか、エファージの元へ真っ直ぐ直進して来て、焰渦響拳を使って手から炎を出し、エファージに拳を振りかぶる。


だがその攻撃は空気が重くなっている事で賢の動きが遅くなっているのでエファージの軽い身のこなしであっさりと避けられ、カウンターでエファージが賢の腹に重い一撃を食らわす。


賢は思ったよりも重い一撃をモロに食らって膝から崩れ落ち、しばらく動けない状態になっている。


「どうした?立ってみろ」

エファージは賢に近寄り、腕を組んで上から見下ろし、威圧的な態度を取る。


(剛翔達の方も剛翔の方が優勢だな。当たり前だ、こっちは何年もエンパイアで戦ってきたんだ)

「そんなものか!?成宮!!」

剛翔が吠える。

剛翔が長剣を一振り、朝日の足元に振り下ろすと、長剣の衝撃で地面が割れ、朝日にも衝撃が伝わる。


「まだまだまだまだまだまだー!」

朝日はすぐに復帰し、再び戦い出す。


「そう来なくっちゃなぁ!!」


結局それぞれ散り散りになり、エファージは賢を、剛翔は朝日を担当することとなった。


​───────​───────​───────

賢達が戦っている場所は村の東側。村の中央の丘に2つの影が見える。

「──ここら辺でいいでしょうか?」

1人の実行高専の制服を着た女子──翔庭真名がもう1人の生徒の翠咲葵莉に話しかける。


「うん。ここなら敵にも気づかれないで力を発動できるかな」

翠咲が持参してきたクシで髪を溶かしながら答える。


「んー、でも本当にあっくんの言う通りになるのかねぇ」

続けて翠咲が心配を口にする


「あっくん...?」

聞き慣れない名前に翔庭は首を傾げ、誰かと問う。


「あぁ、朝日成宮の事をうちが勝手にそう呼んでるだけだから気にしなくて良いよ」

なるほど、と合点がいった翔庭は賢達が戦っている村の東方向を目を細めて見る。

「賢くん達、大丈夫でしょうか。」


言い終わり、後ろを見やると翠咲さんがこちらを目を見開いて見つめている。


「...?」


「真名さぁん、恋愛相談。乗るよ~?」

翔庭はひゅっと奇妙な音を喉から発し、思わず後ずさる。それを逃がすまいと翠咲は翔庭の肩をガッと掴み、そのまま逃げられずにしばらく彼女に恋バナをするハメになったのだった。


この初陣に主戦力として駆り出されたのは賢達4人だけで、他の特進クラス生徒達は住民の保護やサポートに回っている。


翠咲が翔庭に好きなタイプやら初恋やら目を輝かせながら色々と聞いてくるが、翔庭は任務中という事を理由に恋バナをやめさせる。翠咲は明らかに残念そうで落胆しており、気怠げに戦況を見やる。


約2時間前、村に着いた時に朝日から翔庭達2人には中央の丘で待機。14:15に翠咲さんと私で力を発動させてと頼まれていたのだ。現在の時刻は14:00。思ったより時間が経つのが早い、と翔庭は早めに内界力の調整を始めて深呼吸をする。

それを見た翠咲もスイッチが入ったのか、内界力を調整し始める。

そのまま、遠くで鳴る爆音を聞きながら時間がどんどん過ぎてゆく。


​───────​───────​───────

手足に炎を包み、地面を蹴る。そのまま俺は相手へと突っ込む。相手を間合いに入れ、炎で攻撃力を高めた蹴りを一閃、相手に入れようとした。


だが、蹴りが届く寸前で俺の体は突然来た重さに耐えきれずに受け身も取れず地面に倒れる。まただ、また力を使われ攻撃を防がれてしまった。だが分かったことは幾つかある。

・相手の半径2mほどが力の効果範囲の限界

・この力を使っている間は相手も動けない

・多少の怪我を覚悟すれば動けないこともないが、攻撃はかなり弱くなる。


「まだ分からんのか、そろそろ私も飽きる。」

相手はつまらんと言いたげな顔でこちらを蔑む目でそう言う。


「なら、飽きないようにしてやるよ」

相手はふんと鼻を鳴らし、手を後ろで組んだまま向かい合う。


「"炎天下と焔雲 冥暗の炎光炎"高等手・消炎。」

俺は消炎を相手に放つのではなく、地面に放つ。


消炎の炎を抑えられる時間は内界力の残量に比例する。

消炎を発動し、その火力を解放したら爆発的な威力を出す。それは消炎だけではなく、俺が出した炎は連鎖的に底上げされた火力で放たれる。消炎の火力を抑えれば抑えるほど解放時の火力が上がり続ける。つまり...


「──ここからは、持久戦だ。」

消炎に内界力を込め続け、相手を瞬殺出来るほどの火力を出せる準備ができるのが先か、俺が力尽きるのが先か。


「....私の嫌いな言葉のひとつだ」

相手はこちらへ真っ直ぐ向かってきて.....力を常に使って地面を平に均しながら真っ直ぐ突っ込んできた。だが──


「──まっさるーー!!来ちゃった」


「!!!」

そう言って上から降ってきて白服の相手の頭にに思いっきり踵落としを食らわせたのは、朝日だった。


「.....もう1人は?」

俺はとてつもない衝撃に襲われたであろう今にも倒れそうにフラフラしている白服の男を横目で見ながら朝日に聞く。


「さぁ、多分もうすぐで追いつかれる」


「なんだ、倒してなかったのか」

朝日の実力なら既にもう1人の男を倒しているかもと期待したが、流石にそう上手くはいかないらしい。


「──賢。」

朝日が相手に聞こえないぐらいの小声で俺に作戦を伝える。

はっきり言ってなかなかの博打だ。こんなのに乗るのは相当なギャンブラーかバカだけだろう。


「あぁ、それでいこう」

俺が了承すると、朝日が俺にOKサインを出し、それぞれの敵に向かい合う。何故だろうか、朝日の作戦なら無条件で信用できるのだ。


そして俺達は再びそれぞれの敵に立ち向かおうと...

「──ガキ共が!!このままいかせるとでも?!」

今まで倒れそうになっていたのに急に怒号を上げた白服の男がパチンと指を鳴らした瞬間、場の空気がさっきとは比べ物にならないほど重くなり、身動きが取れなくなる。加えて.....


「どこへ行ったかと思えば、なんだ。エファージの所にいたのか」

俺達が場を離れようと何とか走り出そうとすると、もう1人の相手が長剣を構えて目の前に立ち塞がる。


「おい、エファージ。」

もう1人の男が空気の重さに耐えきれず地面に膝を着いている白服の男、エファージに話しかける。


「あ、あぁ、分かってる。どうせ止めてもお前は言うことを聞かないんだろう」


「分かってるじゃあねぇか。流石親友。」

鍛えこんでいる男は俺たちが身動きが取れないような状況でまるで1人だけ重さを感じていないかのように長剣を振りかぶり、その一瞬だけ空気の重さが解除され、代わりに朝日が吹っ飛ぶ。


「!!朝日!!!」


「さて、先程と同じ状況だな」

(こいつ...先の技から今の今までずっと内界力を出し続けている。なにかの技を使っているな...)

エファージは技を使うでもなくこちらをジロジロと見て何かを分析しているようだ。


「お前、そろそろ疲れたんじゃないか?」


「ッなわけ!」

強がったが実際かなり疲れている。消炎を維持し続けるのはこれ程までに難しいことなのか。


俺は体が重くなりながら奴に思い足取りで近付き、とろい蹴りや殴りを連発する。もちろん手足どこも炎で包んでいないし攻撃の速度もとんでもなく遅いので大した威力は出ない。


「...さっきから」


「何なんだ、お前は。」

エファージが俺の行動の意味がわからないと言葉にし、本日何回目か、不機嫌になる。


「そんなの、分かるかよ。俺が何なんだとかはもういいんだ。今は任務を遂行するだけだ。そうだろ?」


「ッッ!だからそんな事をして、何になるって言うんだ...!!!」


俺とエファージは同時に駆け出し、2人の肉弾戦を展開する

手足が交差し、俺は姿勢を低くし、蹴りを入れようとする。だがエファージは軽く躱して代わりに回し蹴りを俺の胸付近に入れる。骨が軋む音を聞いて喉の奥で苦鳴を上げる。回し蹴りで攻撃が止むはずもなく、崩れた体勢を直そうとしたところで足を蹴られて更にエファージは体を大きく使って俺の頭を横から殴る。

脳が直接揺さぶられる感覚を味わって俺は倒れ込み、エファージが更なる追撃をしようと──


「.....離せ。不愉快だ」


「はぁ、はっ、それで離すやつが、どこに...いんだよ!」

俺はエファージの腰を手で抱擁する形で抑え、エファージの動きを封じる。それと同時に...


「やっぱりだ!お前の、いや、剛翔って奴の力はお前への影響を考えてお前の中心付近へいけば空気の重さの、力の影響を受けない!!」


──先程朝日と剛翔と言うやつが乱入してきて分かった事がある。それは空気を重くする力に与えられている内界力と、剛翔の内界力の可視化の量がほぼ同じだった事だ。エファージの方も内界力の可視化はしているが、明らかに空気を重くする力との比率が合っていない。おそらく最初のエファージの言葉はブラフだったのだろう。


「だから....何だって言うんだ。」

エファージは今更俺がこの事を話した意味が分かっていないのか首を傾げている。


「時間稼ぎ、だよ!!──高等手・消炎!!!!」


「──ッッ!!!」


先程の地中に放った、出力を意図的に止めていた消炎を地中から発動させる。その消炎の威力は凄まじく、半径約15mの民家や自然が跡形もなく爆発に巻き込まれる。その消炎を俺の体ごと巻き込んで自爆の形とし、エファージは自身を護る隙もなく奴は消滅した。きっと体は原型を留めていない。


「...ただし、俺は常に薄い炎を体に張っていたから影響は受けないけどな」

そう、俺が出した炎は俺には何の影響も与えない。ただし、爆発によって飛んできた木の破片などはちゃんと刺さったりするが。


エファージとの勝負に恐らく勝ったであろう俺は不意に全身が痙攣しだし、地面に手も付けずに倒れる。内界力が切れ、脳に莫大な負荷がかかったのだろう。俺は痙攣し続ける肘を地面に付けて何とか腕を上がらせ、手を開き、空中へと向ける。


「まだ、だ。まだやる事が...頼むぞ、朝日。」


──あとは朝日を信じるだけだ。


「──高等手:消炎。」

内界力の大まかな調整だけを行い、咒語を言わないで不完全な消炎を空中に向けて放つ。そこで賢の役目は終わり、とうに限界を迎えた身体に激痛が走り、そこで意識は落ちた。


​───────​───────​───────

場面は朝日と剛翔との戦いの場面に切り替わる。

「ほいほいほいほーーい!」


「ちょこまかと...だがそれもまた一興!速さとは戦いでは特に景気づける能力だとは思わんか!!」


「力こそパワー!!」

剛翔は大声で笑い、それから長剣を大きく横に振り、範囲斬撃を振るうが、朝日はそれをバックステップで躱して隙の出来た剛翔に2段蹴りを入れる。それを剛翔は太い腕で受け止めるが、鍛えに鍛えられた腕でさえ鈍痛が走る。


(普通なら今の横振りで大抵は勝負が付いているはずだ。だが戦いが終いになるどころか二段蹴りをまともに食らっちまった。それも学生、まだ力の何たるかも分かってねぇだろ)

「おまえ、何かしたなぁ?」


「...ご名答っ!」

朝日は白い歯を覗かせて上機嫌に笑い、足に力を入れ、大地を思いっきり蹴って駆け出し、剛翔の振った縦薙ぎをまたもスレスレで躱して顔面を殴る。だが剛翔の顔には傷など一つも付いていなく、剛翔が反撃をしようと空いている手で拳を振るおうと...


「...妙だな。」

手で朝日を薙ぎ払おうと横に振りあげたところで、ふと腕を止める。

(妙だ。成宮は俺の斬撃を全てギリギリで躱している。更に俺が振りかぶる寸前から既に避けの姿勢に入っていると来た)


剛翔は、攻撃をするほんの少し前から朝日が避けの姿勢を取ろうとしている所を何度か目視していた。


「──未来予知か...!!!」


「んーまぁ正解っちゃ正解」

朝日は一瞬目を見開いた。そして直ぐに目を閉じて微笑み、含みのある言い方をする。


(これまで戦ってきて結論が出た。おそらく朝日の力は情報を覗き見る...みてぇなもんだろう。それだったら未来予知も納得だ。全ての情報を知れる....はっ!全情報を見れるなんて神みてぇだな)


「──神って奴は最高に理不尽だってのになぁ」


朝日から明かされた未来予知。そして未来予知に加え...


「危ねぇな、誰だ」


「あぁ、多分僕のクラスメイトだ。せっかちでさ~敵を見つけたらすぐに攻撃しちゃうんだよね~」

剛翔は視界の端に空が渦巻いているような、その地点のみ絵がグチャグチャにされている様な光景が見えたので、長剣を右に縦に振り下ろし、歪んだ空間を断つ。


「んな訳あるかい、どうせお前の指図だろう?」


朝日は「ありゃ、バレちった」と少しの悪びれもなく額に手を当てる。それから姿勢を低くして構え、手をクイッと上げる。挑発しているようだ。

更に、先程から来ている空間の歪みがバウンドするように戦場を不規則に翔ける。


剛翔は止まっていた戦いの開戦の合図として長剣を地面に叩きつけ、朝日へと駆け出す。もちろん空気を重くしながら。


──剛翔は、"自身が空気と仮定したものに重さを付与する"という力を持つ。この効果範囲は最大で半径10m、遠隔操作も可能である。



──エファージは、"仲間と認められた者との五感の共有"という力を持つ。エファージは互いに仲間と認めている相手にエファージ自身の感覚を相手と共有したり、逆に相手の五感をエファージに共有させることが出来る。この力の強みは、何より内界力を殆ど消費しないという点だ。そしてこの力は効果範囲に制限は無い。故にどれだけ仲間が離れていようと、戦況を確認する事が可能なのだ。


「──まぁ、あいつは友達が少なかったけどな」

仲間、と互いに認識しなければこの力は発動することすら出来ない。エファージの事を仲間と認識していた者は何人もいたであろう。しかしエファージは、他人を仲間として信頼することに抵抗があった。それ故にエファージは、力を最大限まで活かすことが出来なかったのだ。


朝日と手に汗握る佳境となった力戦の最中に、剛翔が不意に動きを止めて長剣を投げ出し、天を仰ぐ。急に戦闘を投げ出した剛翔に合わせて朝日も攻撃はせずに動きを止める。


「....エファージからの感覚の共有が無くなった。」


「───。」

エファージからの感覚共有の途絶、それもあちら側も佳境に入っているはずの戦闘最中に。そして先まで聴こえていた爆音も止んでいる。それは何を意味するか──


「──そうか。俺より先にくたばりやがったか、あの野郎」

剛翔は空へ向けていた顔を勢いよく朝日へ向け、姿勢を低くする。そして長剣を拾って構えると思いきや地面へ突き刺す。


「奴への餞合戦と行こうぞ!!!!」


剛翔は長剣を持たず、素手で朝日にラリアットを決めようとする。だが朝日はそれをギリギリで躱し、今度は反撃もせずに姿勢を正す。


朝日が剛翔へと駆け出そうとした所だ。突然朝日の体が地面にめり込むほど重くなる──否、朝日と剛翔を取り巻く空気がとてつもない重さになったのだ。



──剛翔の空気を重くする力は、自身の内界力と効果範囲によって決まる。剛翔は力の効果範囲を半径4.5mに絞り、真上からの空間の歪みの攻撃を防ぐために半径4.5m、高さ35mの円柱形に効果範囲を設定する。当然翔庭の空間の歪みの攻撃は剛翔の力の効果範囲に入った瞬間に強制的に方向転換されて下に突き進んでいき、遠距離攻撃は無意味と化す。


更に、剛翔の身体自身も力の効果範囲とし、それと引き換えに内界力の最大解放を実現。空気を最大限まで重くする。その空気の重さは約360kgに達していた。


人間の骨は通常、大腿骨で300kgほどの重量までしか耐えられない。朝日と剛翔には約360kgの負荷がかかっている。朝日の踵骨は砕けかけ、剛翔の腰は圧迫骨折をしていた。この空気に耐えるべく朝日は姿勢を低く保ち、少しでも力の影響を減らそうとする。対して剛翔は──


「我慢比べは得意かぁ!?成宮ぁぁぁぁぁ!!!」

剛翔と朝日共に猛々しく獰猛に笑う。約360kgの負荷が全身にかかっている状態だ。この状態でなんと剛翔は尚も動こうとするのだ。勿論朝日はこの攻撃をいなしてもうすぐ来るであろう"あの技"を待つ事に──


「デバフ上等!!かかってこいや!!!!」


朝日は満面の笑みを浮かべながらゆっくりと文字通り重い足取りで歩き出す。歩く度に足が地面に埋もれそうになる。2人の勝負はこのまま肉弾戦を繰り広げ、どちらが先に膝を着くかという勝負になっていた。

この絶対的ピンチな状態でも朝日は戦闘を楽しんでいるかのように笑い、剛翔と対等に渡り合っていた。


(この状態で、ここまで動けるか...!!!流石だな成宮!!)


蹴って、殴って、避けて、攻撃を食らって。先程から戦いを続けているという事もあって既に2人の身体は限界を迎えようとしていた。

そんな中──


「....バトルは、これで終わりだな」

不意に、朝日がそう呟いた。


次の瞬間、爆発的な──否、膨大な爆発が足元で起こり、剛翔と朝日をとてつもない威力の爆弾が飲み込もうとする。


「なっ!!.....もう片方の奴か!!」


剛翔はやられたな、と思いながらも人生で1番楽しかった戦いが出来た事に驚き、若い2人...いや4人の若者に感謝をする。


最後の足掻きで地面に刺さっている長剣を掴んで体の前で構える。だがそれもほとんど意味を成さずに剛翔と朝日は賢の消炎の爆発に巻き込まれた。



──翠咲葵莉は、"反射"という力を持っている。物体、液体、気体。様々な物を対象に設定して反射することが出来る。翠咲達が村に着いた時に朝日から頼まれたのは、14時15分丁度に力を上空約40mの地点で30m×30mの大きさの反射鏡のようなものを翠咲の力で発現させてくれというものだった。

賢が最後に上空に放った消炎は、翠咲によって反射され、そのまま剛翔の力の効果範囲に入っていき、空気の重さを受けて真下へ急降下して言ったというわけだ。

ちなみに朝日は賢の炎で包まれているので怪我が全く無いという訳では無いが、大した怪我は受けずに済んでいる。


​───────​───────​───────


──剛翔は、エンパイアに入ってから今まで戦う事以外に笑えたことがなかった。強さを求め、20歳でエンパイアに入り、そこでエファージと出会った。


「──なぁ、エファージ。おめぇ、ちゃんっと笑えたか?」

剛翔の目の前には地面にうつ伏せに転がり、右腕と右足の脛の半ば辺りから下が欠損している、エファージがいた。うつ伏せになっているのでエファージの死に顔は見れない。いや、見たくなかった。


エファージは頭で色んな作戦を考えられるし、常に冷静に見えるのに思ったより感情に任せるような奴で面白かった。剛翔はそんなエファージを気に入り、彼と共に歩んで来た。だがそれでも.....


それでも、彼は笑えなかった。エファージは戦闘でも日常でも、嘲笑こそあるが、心の底から笑ったという所をまるで見たことがなかった。

そんな時にあの青年たちが来た。彼等を1目見て剛翔は久々の、戦いの飢えを思い出して彼等に期待し、本気で挑んだ。


本気で挑んだ。それでも、剛翔は彼等に敗れた。

全てぶつけたつもりだった。今までの研鑽も何もかも全て...。

これが人生で最初で最後の晴れ舞台なのだと悟って。


「学生に負けるなんざ、恥だな」

頭の右側と上半身の右側が全焼している剛翔は苦笑を火傷により爛れた痛々しい顔に浮かべる。最後に長剣で受け止めたのが意外と効果があったのか、それともあの青年達が手加減をしたのか。


「そりゃ、ねぇな」

あの青年達も本気で俺達に向かってきていた。目を見ればわかる。どちらにせよ、四肢が欠損していないのは奇跡だと言えるだろう。もっとも....


──胸辺りは爆発によって服どころか内蔵が飛び出しそうになるほどの大怪我を負い、誰がどう見ても手遅れというやつだった。


本気で、戦った。それでも、剛翔は彼らに敗れた。

「....俺ぁ笑えたぜ。」


──わがままを許されるのなら、生まれ変わってまた彼らにあったら、その時はまた勝負をしてくれるだろうか。今度は"仲間"として。

「そんな事、女子供見境なく殺した俺が許されるかよ」

剛翔は小さく、弱々しく笑い、全身の火傷した部位を触る。


「ッ痛ってぇな、あぁ。痛ぇ。みんな痛かったんだな」

後ろを振り返れば、地面には大量の血が点々と続いている。その血が、今まで殺してきた人達の遺体の様にも見えて....


剛翔は既に事切れているエファージの横に座り、晴天の空を見上げる。


「なぁ、エファージ。もし本当に地獄なんてのがあったらよぉ....」

血を口や各部位から垂れ流し、意識も朦朧とする。


「──閻魔様ってのは、どれぐらい強ぇんだろうな....」

それは、強さでは無く純粋な戦いを求め、あんなに楽しかった戦闘でも足りずに格上の存在への宣戦布告だった。


「なぁ、エファージ...。お前も...気になる...だろ?」


最期の言葉を言い終わり、彼は座って斜め上を見て、息絶える。事切れてから、首は垂れ下がり、爛れた顔の影から見えるのは純粋な笑い顔だった。

その笑い顔は、子供のような無邪気さを含んでいて...悪の面影は全く無くて.....



これにて、賢達の初陣は閉幕となった。

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