特進クラスの初陣

「賢くん!連絡先を交換しませんか...!!!」

土日の2日の休みが終わって気だるげな月曜日の朝会前。バッグから教科書やら筆記用具やらを出していると、翔庭さんが話しかけてきた。


「連絡先?なんで?」

翔庭さんとは学校でなら話せるし、インターネットを介して会話をする必要性があまり感じられない。だがこれも女子の特性というやつなのだろうか、断るのも少し罪悪感が残る可能性がある。


「え、えっとー。次の日の持ち物とか?大事な連絡事項とか確認したいなぁと思いまして!」


「あぁ、なるほど。おっけ」

俺は連絡先の交換を承諾し、最近の若者は誰もが持っている(らしい)1番ベタなメッセージアプリを翔庭さんと交換する。

翔庭さんのアイコンは女性が手で顔を覆っているドラマチックな画像だ。これが女子っぽいアイコンという奴なのだろうか。


「はい!出来ました!ありがとうございます!」

翔庭さんは嬉しそうにスマホの画面を見てワンテンポ置いてから画面を閉じた。


「賢くん、今週の水曜日にいよいよ初陣です!自信のほどはいかがでしょうか!」

少しの沈黙の後、翔庭さんが別の話題を振ってくる。


「あーーやばいなんも練習してない」

事実、俺は試験が終わってから土日を入れて3日間、力について練習も学習も何もしてこなかった。理由は簡単、疲れたから。力の扱いの調整などはかなりの労力を費やすのだ。ただでさえ試験で死にそうな思いをしたのに休みまで死にかけになりながら鍛錬など考えただけで体が鉛のように重くなってくる。


「え゙」

珍しく翔庭さんが言葉を濁らせ、心配そうにこちらを覗き込む。


「賢くん、あと二日ですよ...?」

分かっている。分かっているのだが...


「なんか、疲れた。」


朝っぱらから口をポカーンと開けている翔庭さんの顔を見て1日が始まった。



「えーっと、皆の初陣の事なんだけど」

朝会で矢羽根さんが初陣の話をし始める。やっぱり矢羽根さんが教卓の前に立ってるのは本当に慣れない。


「皆には初陣って事もあるから山口県の過疎化が進んでる村の住民の保護を中心に行ってもらう。まぁ危険な任務では無いんだけどくれぐれも気をつけて。」

初めての任務は山口県のとある村の住民の保護らしい。

どうやらエンパイアの活動の活性化が進み、村が略奪されたようだ。住民は避難しているらしいがまだ逃げ遅れている住民も何人か確認。今回はその人たちの保護という形で任務を行う。


「まぁ、みんな頑張ってよ」

他人事の様に矢羽根さんが俺たちに向けて応援する。軽い応援に俺たちは誰一人として心を揺さぶられる訳は無く、朝日でさえ退屈そうに天井を眺めていた。


それから矢羽根さんは朝会を進め、朝会が終わり、それからの普通授業の5時限の授業を終えてからさっさと帰ろうとすると、翔庭さんがいつもの如く俺の席の真横に立って話しかけてくる。

「賢くん賢くん、これから力をスマートに使う練習をしませんか?」


俺がバッグの準備をし終えて翔庭さんの支度を待っていると、不意にそう提案してきた。


「力をスマートに使う練習?」


「はい。具体的には内界力をどれぐらい出力するかとか咒語を言わなくても力をなるべく強く出せるようにしたりとか...どうですか?初陣に向けて」

咒語とは、力の一つ一つに付与されている力を最大限高める時の呪文のようなものである。

人によって咒語は違うが、俺の場合は"炎天下と焔雲 冥暗の炎光炎"である。


「んー。分かった、してみるかぁ」


俺たちは力の鍛錬をすべく誰もいなくてほぼ貸切状態の特進クラス生徒専用の練習場に行き、翔庭さんと向かい合う。


「試験以来ですね、この感じ」


「あぁー、たしかに」

あの時とは違い、翔庭さんはいつも通り薄く微笑んでいる。

水色の瞳がはめ込まれている目を開けたり閉じたりして、深呼吸をする。


「では先程話した通り、構えてください」


翔庭さんが構える。腰を低くし、右手の親指と人差し指を直角になる様に銃のポーズみたいに立てて、こちらへと向ける。


賢も焰渦響拳を使い、拳を炎で包む。

炎は自分にとって温度が心地よく、集中力が高まる。


設備の警告音のような放送音により開幕の合図が切られ、俺は走り出す。俺が走り出した瞬間、目の前の空間がそこだけぐちゃぐちゃになった絵の様に空間のバグが広がり、俺を襲う。だが、その空間に拳を入れると途端に空間が元通りになり、何事も無かったかの様に元の静かな練習場に戻る。


「やっぱり、常識の範疇を出ないというのは厄介ですね」


翔庭さんは頭を振り、長い髪が大きく揺れたかと思うと俺の目の前に翔庭さんが一瞬で瞬間移動する。そして俺の腹に手をかざす。次の瞬間、俺は腹が爆ぜるような感覚に襲われ、その場に膝をつく。


「試験の時に見せた空間進走の応用です。出力を微調整して手から放出する事によって威力は保つけど範囲などは小さくなる、まぁ使いやすい空間進走と言った所でしょうか。....大丈夫ですか?賢くん」

翔庭さんはドヤ顔で空間進走の応用について解説し、その後我に返って俺の心配をしてくれる。



「やっぱ強いなぁ」

俺は翔庭さんの手を取り敗北を宣言する。


「当たり前です。賢くんと違って練習したんですから」

返す言葉もない。確かに俺は練習を全くしておらず、試験時からおそらく成長していないが、ここまで差が出来ていたとは。


「五分ほどで終わってしまいましたね」

翔庭さんは困り顔でそう言い、どうしようかと思考のポーズを取る。


すると、

「──手だけじゃなくて、足とかにも炎を分散....しよう」

俺の顔のすぐ横にプルプルと震えた人差し指を立てながら現れたのは.....


「あ、星霧さん?」

クラスメイトの星霧輝夜がピアスを微かに揺らして金属音を立て、俺の横でアドバイスをしてくれる。


「え、えぇーっと、翔庭真名さんと淡生賢さん、だよね?」


「あ、うん。そうだよ」

俺は質問?確認?に答える。


「えっと、淡生さんはさっき言った通り他の部位に炎を分散させたりなんなら全身から炎を出す状態を保つと...いいかも?」


「でも、それすると短期決戦に持ち込むしか無くなるんだよね...」

全身から炎を出すとなると、かなり内界力の浪費が激しくなる。なるべくそれは避けたいところだ。


「いや、そこは──」


「あ、咒語を読んで力を最大限まで発揮して、更に内界力の微調整を加える、とか?ですかね」

翔庭さんが意見を言う。


「そう!正解...です」

星霧輝夜は控えめに賞賛し、再びこっちを向いた。


「翔庭さんが言ってくれたけど、淡生さんはもっとこう、落ち着く?というか、ゆっくりと手順を踏んで戦っていけば、もっと強くなれると思います」

落ち着いて、か。確かに俺は相手に突っ込んでいったりフェイントも小さい事しか出来なかったりするので、それは一理ある。


「ん、分かった。ありがとう輝夜さん」


「て、輝夜、でいいよ」


「分かった、輝夜」

輝夜は3回ほど頷き、早く家に帰らなきゃ怒られるからと慌てて帰って行った。


「星霧さんは詳しいですね」

翔庭さんが輝夜について話し始める。


「だね」


「よし、もう1回やりましょうか!」


「えぇー、うぅん、分かったよ」

俺は曖昧に翔庭さんに返事し、再び立ち位置につく。


──そして、俺たちは再びぶつかり合う。


​───────​───────​───────

「いやぁ、疲れました」

俺たちは練習を終え、練習場にあるベンチに座って自販機で買った飲み物を飲んでいる。ちなみに俺は炭酸飲料、翔庭さんはオレンジジュースだ。


「練習終わりのオレンジジュースは一際美味しいです。」


「うん、お疲れ様」

俺は翔庭さんを労う。


「はい!」


「今日は賢くんは少し内界力の調整の精度が上がった気がします、成長してますね」


「あぁ、そうだな。翔庭さんと輝夜のおかげだよ」

翔庭さんは頬を赤くして「嬉しいです」と言い、照れを隠すように帰る準備をする。


俺も炭酸飲料のペットボトルのキャップをしめ、さっさと帰る支度をする。


「水曜日...もし同じ班になったら共闘出来ますね!」


「そうだな、練習の成果を出そう。」

翔庭さんは精一杯頷き、2人で校舎を出る。


そして水曜日に向けて俺たちは日々練習を重ねるのであった。


​───────​───────​───────

2日後、水曜日、山口県のとある村にて。

「──なぁ、そろそろここも政府に嗅ぎつけられるんじゃねぇのか?」

筋骨隆々のパツパツなスーツを着た男が、もう1人の白いスーツのような服を着た男に話しかける。


「あぁ、だがあのビビり連中は大した戦力を送ってこないだろう。それに、私たち二人が揃っているんだ。久々にもな」

かなり鍛えこんでいる男は、深い黒色の髪色で短髪で整然と整えられている。目は燃えるような赤色で強烈な視線を放っている。男は美しく光り輝く鍔のない長剣を背中にある鞘に収めている。


一方、白いスーツを着込んでいる男は清潔感漂うシルバーグレーの短く整えられたサイドと後ろ髪を持ち、トップはやや長めで軽くウェーブがかっている。彼の瞳は深い青色で、知性と冷静さを感じさせる。白いスーツにはネクタイが無く、完全に白で統一されている。


この村は過疎化が進み、略奪が思ったよりも簡単に終わったので2人は暇をしていた。


「あー?つまり、そりゃあ...」

鍛えこんでいる男は白いスーツを着込んでいる男に聞く。


「今回の任務は安全な任務で、私たちがそこまで気を張る程では無いという事だ。」

白いスーツを着込んだ男が答える。


「....そうかよ。それで?言うことはあるんじゃないのか」

鍛えこんでいる男は不機嫌そうに舌打ちをし、話題を変える。


「...さぁな。記憶にない」


「──あ゙?」

鍛えこんでいる男は喉から一段と低い声を出し、拳をにぎりしめる。


「──おい、あまり熱くなるな。【剛翔 ごうしょう】」

突然鍛えこんでいる男──剛翔が白いスーツを着込んだ男の胸ぐらを右腕で掴み、左腕で肩を強く抑えた。


「熱くなるな?ざけんなよ【エファージ】。今からでも俺ぁ本部に連絡して前線に移動させてもらう。」

剛翔は白いスーツを着込んだ男──エファージを突き放し、本部へ携帯で連絡しようとする。


「熱くなるなと言っている。今から本部に連絡したところで面倒な事になるだけだ。私はお前に命を捨てろといつ言った?」

冷静にエファージは剛翔の手を抑える。


「俺は安全を重視して弱いやつが来たらいたぶり、強いやつが来たら即逃げる方が命を捨てる事と同じだと思うけどな?エファージ」


「.....やはり私たちでは考えは合わないな。昔からそうだ。お前は私が最善な策を取ろうとするとすぐに1人で突っ走──」


「──うるせぇ、ちょっと黙ってろ。」

剛翔がエファージの言葉を遮り、それ以上話を聞くのを避ける。


「...なんだと?」

話を遮られ、不機嫌になったエファージが剛翔に突っかかる。


「いいから、黙ってろ。そんなんだからお前はいつまで経っても肝心なとこでしでかすんだ。」

剛翔が言った意味をエファージはやっと理解し、素早く身を民家に隠す。



「──エンパイアの奴ら、全然いねぇな~」

声が聞こえる。若い声だ、かなりデカい声で隣にいるもう1人の男と話をしている。あんなではすぐに不意打ちをされてやられてしまう。やはり政府連中は大した戦力を送ってこなかったようだ。


「ちょっと、待てって朝日。早いよ。逃げ遅れた住民がまだいるかもでしょ」

もう1人の男は控えめな声で、声を聞く限り弱々しい。あんなでは咄嗟の時にすぐ動けない程の弱腰だろう。やはり政府連中は大した戦力を送ってこなかったようだ。

2人の男は立ち止まり、話をし始める。


「分かってるって、賢。大丈夫、僕の力をフル稼働させてどこに誰がいるかはもう把握してるから。僕らの敵は近くにはいないよ」

エファージは剛翔に目配せをする。どうやらあの朝日と呼ばれた男の力は誰がどこにいるかが分かる力...と言ったところだろうか。近くにいないと言ったが、私たちはカウントに含まれてはいないのか....?


もう1人の賢と呼ばれた男がぶつぶつと小声で何かを言っている。おそらく朝日と呼ばれている男に対する不満を漏らしているのだろう。なんともまぁ緊張が足りないことか。


エファージは2人の男の位置を確認して急襲すべく、民家のドアを少しだけ開け、男たちの様子を見る。


──朝日と呼ばれていた青年は、こちらを見てニヤニヤと口元を歪ませ、もう片方の賢と呼ばれた青年は、手をこちらにかざして手から炎の球を出していた。


「──ッッ!!!」


「エファージ!!」

剛翔はエファージの前に立ち、長剣を軽々しく一振、地面や民家を抉り、焼きながら進む半径1.5mほどもある火球を受け流し、火球は進行方向を真上に変えてそのまま空へと突き進んで行った。やがてその火球は空中で爆散し、火の粉が民家に降り注ぐ。


「──さて、アドリブにしては良かったんじゃない?賢~」

朝日、と呼ばれた青年はいけしゃあしゃあと言葉を口にする。


「あぁ、そうだな。でも相手は無傷のようだぞ?」

賢、と呼ばれた青年は内界力を体から常に放出しており、何かしらの技を発動しているようだった。


隣で剛翔が長剣を地面に突き刺し、久々に荒い声で猛々しく大声を出して笑う。

「ま、僕らの敵じゃないからサクッとやっちゃお」


「...クソガキ共が」

対してエファージは、青年達に悪態をつく。


エンパイア所属の2人と実行高専特進クラス生徒2人。どちらのペアも性格真反対。ここから、異色だがどこか安定したコンビ同士の戦闘が始まったのだった。

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