酷く世界に馴染む赤色

「さて、持ち場に着いたは良いけど、もう戦いが始まってるんだよ!ひー怖いねえ、栢木君?」


「....っすね」


■■町の西エリアに2人の男女の影が見える。2人は、特進クラス1年の翠咲葵莉と栢木楓雅だ。2人は今回の任務のペアであり、特進クラスの中でもかなりの常識人だ。そんな2人は朝日や賢達よりも遅めに自分達の持ち場へ着いた。2人の持ち場は丘の上、見渡しやすい地形で、10数メートル程もある木が1本立ってるだけだ。その丘には花が何本か植えられており、景色もかなり良い。


そして、特進クラスのペアはこの2人だが、

もう1人だけペアに参加することとなっている人物が──


「いやはやいやはや、ここの坂キツイねぇ、ね?葵と真面目君」

丘の前にある長く急な坂をやっと登り終わって葵莉と栢木に話しかける男がもう1人、ペアに加わっていた。


「ちょ、っとお兄?その呼び方やめてってば」

葵莉が顔を硬くして自身の兄──翠咲結縁に詰め寄る。それに対して結縁は困り顔をして葵莉を手で制止し、「ごめんごめん」と軽く謝る。結縁の髪型は短めの六四分けの葵莉より濃い深緑色の髪だ。額には、眉毛の少し上からこめかみまで目立つ傷が入っている。


「いやぁさっきから音が怖い怖い」

結縁は右手で手庇を作り、太陽光を防ぎながら葵莉達がいる木の影に共に入り、地面に腰を下ろす。


「ん~あっくん達がやってるみたいだね、東エリアの方から凄い音がする」

葵莉は結縁が隣に来たので少しだけ横に避け、戦況を予測する。


「じゃあ敵も来ないしこのまま待つかねぇっと」

相変わらず東エリアから爆音が何回も聞こえる中で、西エリアに居ると言われている敵を待つ。敵はどうやら植物を操る力らしく、教師達は結縁の持つ力と相性が良いと判断して西エリアに向かわせたのだろう。


「俺は、幻覚系は専門分野じゃないんだけどなぁ...」

教師達に反抗も出来ずに、あれよあれよと専門外の分野へと入れられた結縁はため息をこぼす。


結縁は、自身のコミュニケーション能力の低さ、加えて実の妹の優秀さに絶望していた時期もあった。だが、そんな時期があってもやはり妹は妹というもので、何とも愛おしいものなのだ。


「ねぇねぇ、栢木君のそのイヤリングってどこで売ってたの?」

心の中で噂をすれば、葵莉が栢木に耳に着いているピアスについて聞いている。栢木は少し先を見つめながら、目線をずらさずに答えた。


「や、これは僕の家で作られてるやつで...」


「あーー!家宝的な?」

葵莉は栢木の目を見つめながら話し、栢木は見つめられるのに慣れていないのか明らかに視線を逸らす。


「そう...です」

栢木が曖昧な返事をした後に、立って2歩ほど前に出る。おそらく会話を終わらす合図だろう。


彼は地面にしゃがみ、そこに生えている一輪の綺麗な花をまじまじと見つめる。


「──こっちを向いてる」


「「...え?」」

葵莉と結縁は栢木の発言に見事に声が重なり、2人で首を傾げる。


「花が、こっちを見てる。さっきから」

栢木が見つめている一輪の花。その花がまるで意思があるかのように、栢木を見つめているのだ。それどころじゃない、丘に咲いている全ての花が葵莉達を見つめている。


「...お兄、力の準備しといて」


「OK、妹よ」

葵莉と結縁は場の緊張感を感じ取り、即座に脳内で内界力の整理を始める。それを見て栢木はこれが敵の力だと考え、近くにいるであろう敵の位置を探り出そうとする。だが、その必要はなかった。何故なら....


──敵の姿が、自身の真後ろにあったからである。


「!!!お兄!」

葵莉は後ろに振り返って結縁に向かって叫び、急いで結縁に力の発動を促す。

結縁は地面から急速に生え始めている花が所々咲いている蔦を目視し、蔦に向かって手を伸ばす。


「....毒、入っていますけど」

突如現れた敵の姿は、"白"が特徴的で、髪は白く、長い髪を下ろしている見るからに女だ。目は灰色寄りの白い瞳で、細く身長の低い体を蔦のドレスの様なもので巻いているだけといった服なのかも怪しい服装だ。そんな彼女の声は一切の曇りもない清く洗練されて耳をそのまま突き抜ける様な透き通った声で、思わず聴き惚れてしまう様な声音だ。


「そりゃどうも!」

結縁は彼女の忠告を聞いても尚、蔦に向かって手を伸ばそうとする。だが、蔦に手が届く寸前で蔦は地面に急速に引っ込む。


「急速に出せるんだったら、急速に引っ込めることだって出来るか....」

結縁が額に手を当てて後の事を考えなかった自分を戒める。


敵が攻撃を止めたのと同時に、急いで3人は後ろへ下がる。下がっている間に攻撃されるかとも思ったが、敵が攻撃をしてくる事は無かったので、力を発動させるにも何かしらの条件がありそうだ。


「では、僕は今から力を発動します。出来れば僕の内界力が切れる前に勝負は終わらせたい」

栢木が目を見ているつもりなのか、葵莉と結縁の首辺りを交互に見ながら作戦を説明する。それに対して葵莉と結縁は異論を挙げずに納得して首を縦に振る。


「よし、行こう!」

結縁が合図をした瞬間に、栢木はその場で力を敵の女を対象にして展開する。


──栢木楓雅は、"あらゆる物体の硬度を下げることが出来る"力を持っている。この力は栢木が対象にした物体の硬度を栢木が設定した低さまで下げることが出来る。設定出来る硬度は栢木の内界力に比例し、力を解除すれば、対象の硬度は元に戻る。つまり、この力は対象の防御を無効に出来るが、その代わり、戦闘の間力を使い続けなければならない。この力は扱いが難しく、栢木は力を使っている間は常に内界力の整理をしなければならない。よって、力の効果を最大限まで引き出すには栢木は内界力の整理に集中する為にその場を動かずに力を発動しなければならないのだ。


「ほっ!はっ!当たらないんだけど!?」

結縁は蹴りと殴りを敵に当てようとするが、敵は軽々と避けたり地面から土を盛り上げて蹴りを土に当てたりして防いでいた。結縁が何とか敵に攻撃を入れようとしてくる中、葵莉は栢木と同じく内界力の整理に集中していた。


(....何かありますね。一応あの女の子の方にも力を傾けておきましょうか)

白く長い髪を揺らしながら、敵の女は地面から毒の棘が刺さっている蔦を生やして葵莉へと向かわせる。


「──お兄」


「おうよ!」


葵莉が短く言葉を言い放ち、結縁が息を合わせて葵莉の前で両手を広げる。勿論戦いの場で自ら攻撃に当たりに行くという行為は傍から見れば正気とは思えない。だが、結縁の行動には単なる妹の溺愛では無く、ハッキリとした理由がある。


毒が付着している棘が何本も着いた蔦が、結縁を襲う。そのまま蔦の棘は結縁の皮膚を裂き、死に至らしめようと──


「毒が──」

敵の女は細目で結縁の死に様を拝めようとするが、そこにあったのは結縁の死体では無く、服に刺さった棘を素手で剥がしている結縁の姿があった。


「──さ、続けようか」


結縁は曲げた左手の指を口に当てて口角を上げる。


「力を使われてしまいましたか」

敵の女はジト目で結縁を観察するように見つめる。


こうして、■■町西エリアの戦いはやっと幕を開けたのだった。


​───────​───────​───────


「──氷刃」

透明な氷の刃が空を切って彗芽に襲いかかる。だが、その氷は彗芽の間合いに入った途端にいとも簡単に溶けだしてしまう。


「僕の力はね、"物"と"金"の取引だけじゃないんよ。」

彗芽は溶けた氷の水によって少し濡れた手を一瞬で出てきたハンカチで拭いながら自身の力について説明をする。


「....それを私に教えたとしてお前が不利になるだけなのでは?」


「言ったろう?敵を倒すだけじゃあ無くて、概念的な事を実行してもお金は貯まるんだ」


「何が言いたい」

訝しむ凍御に彗芽は人差し指を立てて説明口調に入る。


「ミッションの中には、自分の力の情報開示も含まれてるんだ」


「ほう?」

人差し指を折って彗芽は自身の力の取引には、力の情報開示もミッションの内に含まれていると自白する。


──彗芽生海は、"取引が出来る"力を持っている。彗芽が決めた"ミッション"に対する報酬を力に埋め込まれた判定システムが決め、それを彗芽が履行したと同時に仮想通貨が振り込まれる。"ミッション"は判定システムが決めるのではなく、彗芽自身が決めることが出来る。そして、"ミッション"とは物理的な取引だけでは無く、概念的な取引も"ミッション"の対象と成りうる。"ミッション"で得た仮想通貨は、彗芽が行いたい取引内容を判定システムへ提示すると、判定システムが

1.世界の法則を崩さないか。

2.取引内容は仮想通貨と同等の価値か。

この2つを判断基準にして、取引を実行するかどうかを決める。取引内容が判定システムの基準に引っかからなければ、取引は決定となり、速やかに履行が行われる。


彗芽は相手の前で拳を握るポーズをし、静かに微笑む。

「そして今、君の力を弱体化する取引を完了させた」


「───。」

凍御は何も言わず、露骨に不機嫌な顔をする。


「さ、続けよう」

そう言ってから彗芽は地面を蹴って走り出し、凍御の懐へと入ろうとする。しかし当然敵がそれを許すはずもなく、氷を出して防ぐ。


「ッッ!!あの女....!!!」

凍御の出した氷は、翔庭の力によって軌道を歪ませられ、既に廃墟と化している民家へと激突する。


凍御の力は彗芽の"取引"によって、翔庭達の攻撃が効くように弱体化させている。故に、彗芽達3人はこの瞬間から一気に優勢へと逆転したのである。


「──氷嵐霧」

凍御が地面に手を付け、長い髪が揺れた瞬間。凍御の全身から霧の様な凍てついた空気が辺りに充満するように広がる。その霧は視界を遮り、凍御への攻撃を当てづらくする。加えて──


「痛ッ!!」

翔庭が肌にビシビシと刺さる小さな氷の粒に苦痛の表情を浮かべる。賢と彗芽も、身体を手で庇って目に氷の粒が入らないように目を瞑る。


何も出来ない3人に、凍御が待ってくれるはずもなく氷塊を連続で撃ち込む。それを直前で彗芽が溶かす。最早3人は防戦一方となってしまったのだ。


「淡生君!!君の炎は氷を溶かせるかい!?」

彗芽が賢に大声で賢の炎について聞く。声は寒さと痛さで震えている。


「ッはい!」

賢は彗芽に返事をし、それを聞き取った彗芽は賢に手を翳す。直後、賢の周りに入ってくる氷の粒が次々と溶けていく。彗芽は"自身が賢の痛みを引き取る"代わりに"賢の周りの氷の粒を全て溶かす"という取引を履行した。それに合わせて賢は力の咒語を噛まずにゆっくりと口にする。


「"炎天下と焔雲 冥暗の炎光炎"、通常手:低炎」


賢が出した炎は直進するのでは無く、賢がコントロールをし、その方向へと進んで行く。勿論、賢が炎を動かしている間もかなりの量の内界力を消費し続けるため、賢への負担は重い。だが、この霧が出続けていればジリ貧で負けてしまう。賢はこの霧の外側にいるであろう凍御に低炎を当てようとする。


だが、凍御は見つからない。当然だ。賢の低炎はかなりの大きさで、その炎に凍御が気づかないはずが無い。恐らく凍御は炎の射程外に居るのだろう。


「賢君!右です!!」

翔庭が賢に呼びかけて凍御の位置を知らせる。何故翔庭が凍御の位置が分かったのか疑問に思う暇も無く、賢は翔庭を信頼して右方向へと炎を凄まじい速度で直進させる。


「──霧が、晴れていく」

炎が爆発した音を聞いてから直ぐに氷の粒が止み、徐々に霧が晴れていく。草木が燃え、焦げ臭い匂いが立ち込めている中、霧の奥には片膝を着いて荒い呼吸をしている凍御の姿があった。


「もたもたしてられんし、聞くこと聞こうか」

彗芽はそう言うと、腹に致命的な一撃を食らい、最早戦意喪失状態の凍御の前に膝を曲げてしゃがむ。


「君達の、目的は何だい?」


「───。」


「君達のリーダーの居場所は?」


「───。」


「....黙りか。じゃあ、君が今まで奪った命については、どう思う?」

彗芽は静かに、だが確かな怒りを込めて俯いて質問に対して一切口を開かない凍御へとぶつける。


「──敵を、まだ殺さないのか?まだ生かしておくのか?」

彗芽が「どうしたものか」と考えていると、突然、凍御が口を開く。それに賢と翔庭は互いに見つめあって驚き、静かに場の進展を見つめる。勿論、万が一の時いつでも力を発動出来るように脳内で内界力の整理をしながら。

俯いていて3人には見えづらいが、凍御は苛立っているのか何かに怒っているのか、奥歯を噛み締めるように怒気に満ちた表情をしている。


「まぁね。聞きたいことも山ほどあるし」

彗芽は一切口調と表情を変えずに淡々と凍御の言葉に返答する。


「そんなんだから、お前達は....」

凍御が独り言の様に聞き取りずらい小さい声でそう言う。そう言う凍御の顔は、さっきとは打って変わって無表情へと変わった。その表情の変化に対して彗芽は訝しみ、手を後ろにかざして翔庭と賢に危険サインを送る。



「──お前らの手など借りずとも、自害など容易い。」

そう言うと、凍御は自身の真上から晴れた青い空を映した世界に似つかわしくない綺麗な人1人分の大きさの氷塊を出す。賢が力を発動しようとするが、凍御の言葉と、彼女の優しい微笑みを見て、発動を躊躇ってしまった。そして凍御は生み出した氷塊を自由落下させ、速度は増していき.....


ドン、と音がして氷塊は、世界に相応しい変に澄んだ赤色を生み出した。


​───────​───────​───────

「おおぉぉぉぉぉ!!!」

大柳が飛びかかり、身を回して大剣を振り回す。だが我瑠無は巨大な腕を力いっぱいに横に振って大柳の身体ごと大剣を大きく払う。


「ぐっ、くぅっ、おい!まだか?朝日!」

大柳は依然"限定範囲戦局試行"を続けている朝日を急かす。


「もうちょっと時間稼げる!?稼いで!!」


「あぁクソ!分かったよ!!」

目を瞑ったままの無防備な朝日に大声で頼まれ、大柳は大剣を拾って直ぐに戦線復帰を果たす。


「小僧、野心が尽きてきたのでは無いか?」


「いいや、まだまだあるぜ。分けてやろうか?ジジイ」


大柳は大剣を構え、我瑠無は建物の影から刀を取り出す。

そこから再び2人の戦いが始まろうと──


「──α 6番、カストル!」


突如、横から飛んできた朝でも光り輝いて見える刃が飛んできて、我瑠無の横腹に深い傷が刻み込まれた。大柳が何事だ、と刃を飛ばした主を見つめ、我瑠無はやられた、と目を細めて相手を見つめる。


そこには、やっとの思いで追いついた、我瑠無へと手をかざしている星霧輝夜の姿があった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る