第6話 警察と名乗る男たち
━━━ガタンガタン‥‥
はじめに、少しずつ脳が目覚めたような感覚になり、次に牧草の匂いが僕の鼻をかすめた。徐々に意識が戻ってくると、頭は熱をもっているのかと思うほど重たく、深く息を吸うと胸は苦しかった。
僕は今どこにいるのだろう。ガタンガタンと車輪が石を踏むたびに、背中全体に振動を感じた。多分、僕は仰向けになっている。街の中を走っているのか、農地を走っているのか、どれくらい経ったのか、外はとても静かなようだが何も分からない。起きあがろうとしたが、両腕は後ろで縛られ、足も固く縛られている。口にはテープが貼られていた。重たく蓋をする瞼をゆっくり開くと、灯りのない夜道のような黒い世界が広がっていた。体を動かしてみたが、身動きがとれなかった。布か何かに包まれているようだ。
『おい。ルーポ様には連絡したか』
『あぁ、向こうは何も心配いらないだろ』
どこからか囁くような小さな声が流れてきた。少しずつ状況が分かってきた僕の頭に最初に浮かんだのは、ルーナのことだった。確か一緒にいたはずだが、彼は無事だろうか。この暗闇のどこかにいるのだろうか。
「ウーア」
力を振り絞り名前を呼んでみたが、反応はなかった。僕たちは泉で遊んでいて、別れる時にまた会う約束をした。そして一瞬のうちに口と目を塞がれ、刃物を突きつけられた。それ以降の記憶はない。
意識が戻ると手足を縛られた状態で暗闇に放り込まれ、僕は布に包まれている。しかもこの暗闇はどこかに向かっているようだ。もう1人いたはずの友人は見つからない。取り乱してもおかしくない状況だが、不安になるどころか僕はとても冷静だった。
もしかしたらこれは、セラタ地区で起きている連続誘拐事件かもしれないと僕は思った。理由はなく、直感で。そうなると、僕たちを捕らえたのは誘拐犯本人だろうか。しかし、今まで起きた事件でさらわれたのはセラタ地区の人間だけだった。ということは、ルーナは助かったのだろうか。
そんなことを考えていると、だんだんと目が慣れ、暗闇の正体が明らかになってきた。布に包まれてると思っていた僕の体は、袋に入れられているようだった。袋の口をめがけて体を動かし、頭でこじ開け顔を出した。目の前に広がったのは、また暗闇だった。上の方に小さな横長の窓があり、そこから光が差し込んでいた。目が慣れるまで時間はかからなかった。すぐにここが四角い箱の中だということが分かった。外からは動物の足音も聞こえる。
整理すると、僕は何者かに誘拐され、牧草を運ぶ荷車に積まれ、どこかに運ばれているのだ。
先ほどと比べると頭の重たさもずいぶんとマシになった。僕は体を芋虫のようにくねくねと動かし、体勢を変え周りを見渡した。すると少し離れたところに、誰かが横たわってるのを見つけた。顔は見えなかったが、美しく輝く金色の頭ですぐにルーナだと分かった。
「ウーア‥‥ウーア」
何度呼んでも反応はなかった。意識が戻っていないようだ。
しばらくすると、ヒヒィンという馬の鳴き声と共に、荷車の動きが止まった。
━━━ ジャリジャリジャリ
『お前らは、2匹をこのまま地下へ運べ』
誰かがそう指示を出し、別の誰かが『了解しました』と返事をした。声は複数聞こえた気がした。僕は目を瞑って、全身の力を抜きグッタリと横になり、意識がないフリをした。
『おいお前!ちゃんと袋を閉じろと言われただろ!』
『俺はちゃんと閉じたぞ。こいつもしかして意識が戻ったんじゃないだろうな』
━━━ ドガッ
ひとりの男が思いっきり僕の背中を蹴った。
━━━ ‥‥‥
『大丈夫だ、眠ってる』
『3号室が空いてるらしい。とりあえずそこに入れとくぞ』
そう言うと僕たちの入った袋を引きずり下ろし、そのまま荷台に乗せ、土でも運ぶかのように気怠げにどこかへ運びはじめた。
━━━ ガチャン‥‥グオーン
鉄の重たい扉が開く音が響き渡り、荷台ごと建物の中へ入っていった。
『おい!お前ら聞いてないのか!』
別の男の驚いた声と、こちらに駆け寄ってくる足音が聞こえた。その男は、運んでいた男たちを呼び出した。男たちは荷台を捨てるように投げ置くと、少し離れた場所で何かを話しはじめた。耳を澄ますといくつかの単語が聞こえた。
『お前ら━━━ 白い靴━━━ 解放しろ。そいつは━━━ 。今すぐだ。━━━ 』
『こっちはそんなの聞いてねぇぞ』
『しっ!━━━とにかく━━━うまく━━━騙して━━━今すぐ━━━分かったか』
内容は分からなかったが、"白い靴"という言葉だけははっきりと聞こえた。何かの指示が下されたのか、男たちは少し慌てた様子で再度持ち手を握り、荷台を移動させた。体は上向きに傾き、地下ではなく上へと登っているように感じた。
━━━ ガチャン
僕たちはどこかの部屋に運ばれたようだ。男たちは荷台をそっと止めると、ゆっくりと持ち手を下ろした。そして袋を開き、大切なものを取り出すように僕たちを抱え、ベッドに横にした。
腕と足に巻かれたロープがほどかれ、口のテープも剥がされた。
『ふたりの目が覚めたら知らせてくれ』
そう言うと、ひとりは部屋から出ていったようだ。僕は、今初めて目が覚めましたという演技をしながら、ゆっくり体を起こした。手首と足首には、ロープの跡がくっきりと残っていた。
『おっ、気がついたかね。突然すまなかった。なぜ我々がこのような行為に及んだのか、今から説明するよ。少しだけこのままで待っていてくれるかな』
そう言って、背の高い痩せ型の男は小走りで部屋を出た。残った小太りの男は『大丈夫だからね〜』と、気持ちの悪い笑みを顔に貼り付けていた。その声は低く湿っていた。僕の背中に刃物を突きつけていたのは、きっとこいつだ。
しばらくすると、黒い制服を着た男が部屋へ入ってきた。口元の白髭をきれいに整えたその男は、起き上がった僕にゆっくりと近づいてきて、深々と頭を下げた。
『すまなかった。我々は、ある万引き犯を追っていてね。犯人はふたりの少年なのだが、君たちがあまりにもその少年たちに似ていたので、私の部下が誤って逮捕してしまったようだ。どうか、我々の無礼を許してほしい。君と、隣のこの子を今すぐに解放しよう』
10分ほど経つとルーナも目を覚まし、白髭の男は僕に言ったのと同じように、ルーナに謝罪をした。その後僕たちは、足音が響き渡る暗いトンネルの中を歩かされ、出口に停まっていてのは黒い車だった。僕たちは辺りを見渡す暇もなく、すぐに車の中へ案内された。まるで、この建物の正体を隠すかのように。
外は明るく、時間はそれほど経っていないようだった。少し時間が経ち、車のミラーに小さく写ったのは煉瓦造りの小城だった。僕たちがいたのは、あの建物に違いない。
車は知らない道をひたすら走った。窓からは、奥まで果てしなく続く木々と、隙間から差し込む光が見えて、森の中を走っているということだけは分かった。そしてその森は、不思議な引力を放っていた。一歩足を踏み入れれば、知らない間に中へと誘われ、もう戻れなくなるのかもしれない。僕はなぜかそんな風に不気味に思って、森を見るのをやめた。横を見ると、ルーナはまだぐったりとしていた。
僕たちは中央の森へ帰された。運転をしたのは、僕にナイフを突きつけたあの男だった。男は幾度と『これは誤解だったんだ。大人も過ちを犯すことはある。こうして人は成長するんだ。だから過ちは悪いことじゃない。しかし君たちがこのことを誰かに話すと、僕の命が危なくなる可能性がある。今日の出来事は秘密にしておいてくれると嬉しい』と伝えてきた。
『素直で善良な君たちなら、この約束を守ってくれると信じているよ』
そう言うと再度謝罪の言葉を述べ、また気持ちの悪い笑みを浮かべた。
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