義妹・セレナリーゼ編③

「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」

 セレナリーゼは自身に身体強化魔法をかけ、まともに戦うのを避けながら、ミノタウロスに何度も得意の氷魔法を撃ち込んでいるが、全く効いている感じがしなかった。それどころかいたぶろうとでもいうのか、セレナリーゼに浅い傷を作るような攻撃ばかりしてくる。じわじわと距離を詰めて楽しんでいるようにすら感じる。魔物にそんな感情があるなんて聞いたこともないが。

(これはマズいかもしれませんね……)

 魔法の撃ち過ぎで残りの魔力が心許ない。それに傷は浅くても血は流れる。身体強化魔法が切れたら本当に終わりだ。

 セレナリーゼの内心の焦りを感じ取ったのか、ミノタウロスがニヤリと笑ったように彼女には見えた。

「舐めないでください!フロストノヴァ!」

 セレナリーゼは残る魔力のすべてを注ぎ込むつもりで、魔法を放った。ミノタウロスの周囲に極寒の吹雪が発生し、辺りの木々諸共にミノタウロスの全身が瞬く間に氷に包まれていく。

 荒い息を吐きながらも注意深くミノタウロスを見ていたセレナリーゼだが、完全に凍りつき動きがないとわかり、その場に膝を着く。今はもう一歩も動けそうにない。

(なんとか勝てた、のでしょうか……?)

 セレナリーゼの中に安堵が広がるが、それは一瞬で絶望に変わってしまった。

 ミノタウロスを包んでいた氷が砕け散ったのだ。

 ミノタウロスはそのまま嫌な笑みを浮かべながらセレナリーゼに近づいてくる。セレナリーゼはそれを見ていることしかできなかった。

 大太刀がセレナリーゼに届くという距離で、ミノタウロスは止まり、大上段に構えた。これを振り下ろされたら確実に死ぬだろう。良くても大ケガだ。それがわかっていても動くことができない。

「私、こんなところで死ぬの……?」

 嫌だ、死にたくない。自分にはまだやりたいことがある。叶えたい夢があるのだ。それなのに――――。セレナリーゼの目から一筋の涙がこぼれる。だが、そこで無情にもミノタウロスが大太刀を振り下ろした。

「レオ兄様……!」

 セレナリーゼは思わず目をギュッと瞑り、自身にとって一番大きな存在である人の名前を呼んだ。


 次の瞬間、ガキーーーンッ!!!と大きな音が鳴った。


「遅くなって悪かったセレナ」

 ほぼ同時にセレナリーゼの耳に声が届く。


 セレナリーゼが聞き間違えるはずもないその声。パッと目を開けると、セレナリーゼの目の前には、剣を構え、ミノタウロスの大太刀を受け止めているレオナルドがいた。

「レオ、兄様?」

 目の前のおかしな光景に驚き、セレナリーゼは目を見開く。

 体格差からあんな大太刀を人が受け止められるなんて考えられない。身体強化魔法を使っても無理だろう。それなのに、魔力を持たないはずのレオナルドが完全に受け止めているのだ。

「セレナ、大丈夫か!?動けるか!?」

 セレナリーゼに背を向けたまま、レオナルドは問う。

「っ、はい。ケガは大したことないのですが、すみません。今はまだ動けそうにないです……」

 自分のせいで逃げられないこの状況に、助けに来てくれたレオナルドまで危険にさらして足を引っ張ってしまうことに、セレナリーゼは忸怩たる思いだった。


 セレナリーゼの言葉を聞いてレオナルドは考える。ミノタウロスの剣を受け止めているだけでも、セレナリーゼの頭の中はレオナルドに対する疑問でいっぱいだろう。本来、魔力のない人間にこんなことできるはずがないのだから。そんな中、倒してしまったらもう言い訳のしようもない。聞かれれば答えるしかなくなる。

『どうしますか?』

 ミノタウロスと押し合いを続けながら考えているレオナルドを精霊が急かしてくる。肩越しにちらりとセレナリーゼに目を向ける。

「っ!?」

 大したことないと言ったセレナリーゼの体にはいくつもの傷があった。確かに致命傷ではないようだが、そういう問題ではない。

 セレナリーゼの傷ついた姿を目にし、レオナルドの中で何かが弾けた。そしてどこまでも冷静になっていく。

(……仕方ない。セレナにはできればずっと知られたくなかったけど、そうも言ってられない。一撃で倒すぞ)

『了解です、レオ。あんな相手余裕ですよ』

「わかった。セレナはそこでじっとしててくれ。すぐに終わらせるから」

 レオナルドはセレナリーゼを守るため、力を出すことを決めた。


 その瞬間、レオナルドの体から全身を包むように白い光が溢れ出した。

 それだけじゃない。レオナルドの輝くような金髪が見る見るうちに白髪へと変わっていく。

「え?」

(きれい……)

 それをセレナリーゼは呆然と見つめていた。何が起こっているのか全く理解できなかった。魔力、はありえない。そもそもレオナルドには魔力がないし、魔力で髪の色が変わるなんて聞いたこともない。

 それでも一つだけ確かなことはレオナルドのことを信じている、ということ。そしてそれだけで十分だった。


 レオナルドは思い切り剣を振りぬき、ミノタウロスの大太刀を弾いてみせた。

 ミノタウロスがたたらを踏み、レオナルドとの間に距離ができる。すると、レオナルドの周囲に無数の氷の刃が出現した。

「これで終わりだ。いけ」

 レオナルドが剣を振るうと、その刃が一斉にミノタウロスに突き刺さる。いや、あまりの勢いにミノタウロスの厚い肉体を貫通していく。

「グガアアアァァァァ!!!?」

 ミノタウロスは断末魔の叫びを上げ、呆気なく絶命した。


 それを確認したレオナルドが一つ息を吐くと、レオナルドを包んでいた白い光が収まっていき、髪色も元に戻った。


 レオナルドはすぐにセレナリーゼのもとに駆け寄る。

「セレナ、大丈夫か!?」

「はい。大丈夫、です……」

 セレナリーゼの状態にレオナルドは顔を歪ませる。学園にいる回復魔法使いでも治せるだろうが、完全に傷跡まで消えるかどうか。それに現在進行形でセレナリーゼの姿は痛々しい。早くなんとかしてやりたい。

『はぁ……。このくらいの傷、レオでも治せますよ?』

(なに!?そんなことできるのか!?なぜ今まで言わなかった?)

『王国の者を癒すなんて嫌だったからですよ。でもレオにとってセレナリーゼは大切なのでしょう?』

(お前ってやつは……)

『ほら、やるならさっさとやった方がいいですよ。意外と出血は多いようです』

 言いたいことは色々あるが、安堵したことに変わりはない。本当に精霊が宿っていてよかった。

「すぐに傷を治すからな」

「え?」

 レオナルドはセレナリーゼに手をかざすと、傷がない姿をイメージした。精霊術にはこのイメージが大切なのだ。

 レオナルドの手から出た白い光がセレナリーゼの全身を包んでいく。温かさを感じる光に包まれたセレナリーゼの傷が初めからなかったように消えていく。だがそれだけではなかった。その光景に目を見開くセレナリーゼ。

「よし、もう大丈夫だ」

 セレナリーゼに笑みを向けるレオナルドは精霊に問う。

(おい、どうしてセレナの制服まで元通りになってるんだ?)

 そう、傷だけでなく、制服まで綺麗な状態になっているのだ。

『そういうものですよ』

 詳しく答えるつもりはないらしい。

(……そうかよ)

「レオ兄様、そのお力はいったい……?」

「ま、その話は後にしよう。とりあえず今は森を抜けよう。な?」

「はい、そうですね。まずはこの森を出ないと」

 確かにゆっくり話をするような場所ではない。

 セレナリーゼの返事を聞いたレオナルドはミノタウロスから魔石を取り出し、セレナリーゼの前で背を向けてしゃがんだ。

「だいぶ血を流したんだろう?背中に乗ってくれ」

「っ、はい……。ありがとう、ございます」

 セレナリーゼは、照れながらも嬉しそうにそっとレオナルドの背に身体を預けるのだった。

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