義妹・セレナリーゼ編②
学園入学から数か月後。レオナルドには貴族のしがらみが少ない下級貴族の次男、三男という気の置けない友人が二人もできた。彼らもレオナルドが公爵家だとか、魔力がない落ちこぼれだとかということは気にしない人柄だった。
昼休みに彼らと食堂で昼ご飯を食べたレオナルドは、二人と別れ、今一人でベンチに座っている。これは入学直後からの日課だ。
「このまま何事もなく卒業できたらいいんだけどなぁ」
レオナルドは呟いた。セレナリーゼはまだ友人達と一緒に食堂で昼ご飯を食べているだろう。最初の頃はレオナルドと一緒に食べようとしていたセレナリーゼだったが、多くの生徒から誘われるのを見たレオナルドが止めたのだ。皆と食事をした方がいい、と。そうしたら、食後でいいから少しだけでもお話する時間が欲しい、とセレナリーゼから言われてしまい、こうして待ち合わせするようになった。ただでさえセレナリーゼはレオナルドの近くにいようとするのに、どうしてそこまで、と思うが、セレナリーゼに言われては断ることはできない。レオナルドはセレナリーゼに弱いのだ。
『薄っぺらいですね。まるで信じていないように聞こえますが?』
「しょうがないだろ。ゲーム通りならこれからイベントが色々起こるんだから」
『それがすべて死亡フラグに繋がっている、でしたか?』
「そうだよ。はぁ……。本当このまま卒業して公爵領の小さな町とかで代官でもしたい」
『レオのよく言っているスローライフというやつですね』
「そうだよ。政争とか戦争とかそういうのとは無関係に俺は生きていきたい」
『レオはフリという言葉を知っていますか?』
「うっせ。俺がお前に言った言葉だろうが。……はぁ、マジで嫌なこと言うなよ。ずっとそのために頑張ってるんだぞ、俺は」
『折角私がいるのですから、敵対する者は皆殺しにしてしまえば早いと思いますけどね。王国の貴族なんてクズの集まりなんですから』
「だからそういう怖いこと言うなっての。んなこと俺はするつもりないから」
『つまらないですね。どうしてこんな人間に宿ってしまったのか……』
「どうしてだろうなぁ。俺にもその理由はわからん」
『レオの言うゲームでは本当に明かされなかったのですか?』
「ああ、お前がいる場所はわかってたんだけどな」
『まったく。役に立たない知識ですね』
「立ってるっつの。だいたいお前は―――」
『おや、セレナリーゼが来ますよ』
「っ」
(……わかった)
精霊は特定の人物の魔力を記憶できる能力を持っている。セレナリーゼが誘拐された一件があったため、レオナルドは身近な人間の魔力を精霊に覚えさせていた。
「レオ兄様、お待たせ致しました!」
レオナルドに宿った精霊とそんな話をしているとセレナリーゼが駆け足でやってきた。精霊の存在はもちろんセレナリーゼにも内緒だ。
「わざわざ走ってこなくてもいいだろ?」
「そういう訳にはいきません!レオ兄様をお待たせしてしまっているのに」
それから並んでベンチに座り、二人は他愛のない話を昼休みが終わるまで続けるのだった。セレナリーゼがずっと笑顔で楽しそうで、レオナルドはこの時間が結構好きになっていた。
そんな平穏な日々が過ぎていたある日、ついにゲームイベントの一つが発生してしまった。それもセレナリーゼに関するイベントが。
この日、新入生が合同で、王都近郊の森に行き、三人以上のグループを組んで魔物退治をする実習が行われた。魔物の生態は未だよくわかっていないが、人々に害をなす存在のため、冒険者や騎士によって定期的に討伐されている。
貴族たる者、その高い魔力を用いて、魔物の討伐くらいはできるようにならなければならないという意図からこの実習は組まれている。
今回で二回目のため、グループ決めで揉めることはない。ちなみに、レオナルドは役に立たないと思われているため、どこからも誘われることはなく、同じく大した魔力を持っていない友人二人とグループを組んでいる。
ちなみにセレナリーゼは引く手数多だ。
「今回も剣で戦いはするけどあんま期待しないでくれな」
「わかってるよ、レオ。魔力がないんじゃしょうがないだろ」
「まあ俺らも全然だからな。今回も浅いところでうろちょろしてればいいだろ」
「「だな」」
そうして、レオナルド達は森に入ってすぐのところで弱い魔物を相手にして今回の実習も無事乗り切ることにしたのだった。
一方、セレナリーゼは、前回と違うメンバー十人で森の奥深くまで来ていた。奥に行けば行くほど強力な魔物が出てくる。
どうしてそんなところまで来ているかというと、討伐した魔物の種類によって成績が変わるからだ。討伐後、魔物の体内から魔石を取り出し持ち帰ることになっている。
一回目の実習でもセレナリーゼは主人公グループと一、二を争う魔物を討伐していた。このときレオナルドにすごいと褒めてもらえたため、今回も張り切っているのだ。
そんなセレナリーゼと一緒のグループになりたがる者は多い。加えて彼女は公爵令嬢で、兄を差し置いて次期当主の座を得た人物なのだ。貴族としてぜひお近づきになりたい存在でもあった。
そんな彼らと森の奥まで来たセレナリーゼは表面上いつ魔物と遭遇してもいいようにと、きりっとした表情をしているが、内心は違った。
(本当はレオ兄様と同じグループになりたいのに……。人数も三人以上なんて言われてるけど、私とレオ兄様なら二人きりで十分だし。レオ兄様と森でデート……。なんて素敵なのかしら)
そんなことを考えながらも魔物が出ればグループメンバーと協力して討伐していく。
順調と思われたセレナリーゼの探索は突如緊急事態に変わった。
これまで遭遇した魔物とは一線を画す牛の頭部をした人型の魔物が現れたのだ。サイズは軽く大人の二倍はある。頭部には鋭い角が二本生えており、その肉体は筋骨隆々。どこで手に入れたのかわからないが大きな太刀を持っている。こんなところにいるはずもない高ランクの魔物ミノタウロスだった。
突然の遭遇にパニックになる生徒達。
「皆さん!落ち着いてください!私がなんとか足止めしますので、皆さんは協力して森の外へ!先生に知らせてください!」
そんな中、セレナリーゼは冷静にグループメンバーに指示を出す。バラバラに動いては他の魔物にやられかねない。
セレナリーゼの指示に従って皆は一斉に森を出るために走りだした。
それを見送ったセレナリーゼは、
「さて、私の魔法が効くといいのですけど……」
ミノタウロスと相対するのだった。
森の奥から生徒達が続々と戻ってきて、大声でミノタウロスが出たと騒いだため、森の入口周辺は一瞬でパニック状態になった。
レオナルド達も森の奥からの異変を感じてすぐに避難を始めた。
レオナルドは森の入口で、逃げてきた生徒が話している詳細を聞いて表情を歪めた。
一回目に何も起きなかったから油断していた。
やはりこのイベントは回避できなかったのかと舌打ちが漏れる。
セレナリーゼは一人駆けつけた主人公に助けられるはずだが、このとき怪我を負ってしまい、強力な回復魔法の使い手がいる教会に連れていくことになるのだ。
だができれば教会にセレナリーゼを連れていかれたくはない。それは新たな、そして大きな問題を発生させるから。
自分が助けに行くか、主人公が助けるのを待つか、と迷っていたレオナルドの目の前で状況はさらにおかしなことになる。主人公が彼のグループメンバーとともに森の入口に避難してきてしまったのだ。
(なんであいつがここにいるんだよ!?セレナの救出はどうした!?)
『レオが以前言っていた好感度の問題では?』
(なっ!?)
確かにセレナリーゼからあまり主人公の話は聞いていなかった。そこまで親しくなっていない、ということか?ならどうしてイベントだけ起きるんだ!?
(くそっ)
『どうしますか?』
(…セレナの場所はわかるな?)
『もちろん』
(ならすぐに向かう。セレナが怪我をする前にケリをつけるぞ!)
『わかりました。レオは本当に過保護ですね』
(うるさい!いくぞ!)
レオナルドは周囲に気づかれないように森の中に入ると、『風』の精霊術を使い、精霊の誘導に従って、セレナリーゼのもとに急ぐのだった。
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