死亡エンドしかない悪役令息に転生してしまったみたいだが、全力で死亡フラグを回避する!

柚希乃愁

義妹・セレナリーゼ編①

「ようやくここまで来たな」

 ムージェスト王国にある王立学園の前で感慨深く制服姿の青年が呟く。

 輝くような金髪、サファイアのような青い瞳をもつ整った顔立ちの彼は、レオナルド=クルームハイト。

 クルームハイト公爵家の長男で、次期当主だ。

 彼にはいくつか秘密がある。

 一つは、前世の記憶があるということ。五年前に突如思い出した記憶はレオナルドに衝撃を与えた。なぜならこの世界が、前世の自分がハマっていた『Blessing Blossom』という美少女ゲームの世界だとわかってしまったから。

 そしてレオナルドはそのゲーム内でどのルートに進んでも殺されてしまう悪役キャラだったのだ。ルートによってはラスボスにもなる。

 この事実が判明してからレオナルドは必死に死亡回避のために動いてきた。


『ようやくなんて言ってもこれまでだって無駄なことばかりしてきただけだと思いますが』

 レオナルドの中から抑揚のない声が彼に話しかける。

「お前はずっと信じないがここがゲームの世界だってことは何度も言っただろ?今までのこともこれからすることも全部俺自身の死亡フラグ回避のためなんだよ」

『そうでしたね』


 死亡回避の一環で得た力。それがもう一つの秘密だ。

 この世界ではほぼすべての人族に魔力がある。魔力は遺伝するもので、その大小がその人の価値を決めると言っても過言ではない。だが、レオナルドには全く魔力がなかった。それは大きな魔力を維持するために注力してきた貴族世界の中では致命的な欠陥だった。そんな人間がラスボスにもなれてしまう理由。それがこれ。精霊の力だ。精霊は魔力とは全く別種の力で、どういう訳かレオナルドには適性があった。

 精霊なんてものの存在はこの世界では知られていないが、ゲームで知っていたこの知識からレオナルドは精霊の力を得るために動いた。

 だが、それは諸刃の剣でもあった。精霊によってレオナルドは精神を蝕まれていき、悪役ムーブをしていたことがゲーム内で語られていたからだ。

 それでも苦渋の決断をしたのは、次期公爵の地位をレオナルドの義妹でゲームのヒロインの一人でもあるセレナリーゼに譲った後、そのセレナリーゼが誘拐される事件が起きたからだった。それもレオナルドの目の前で。

 ゲームにはないこの事件に、レオナルドは自分がゲームの流れを変えたせいだと深く悔やみ、セレナリーゼを助けに向かった。なんとか助け出すことができたが、そこで実力不足を痛感したのだ。だから力を必要とした。死なないためだけでなく、大切な人を守るために。

 まさか、精霊にこんなはっきりとした自我があり、こうして意思疎通が可能だとは思いもしなかったが。

 精霊に精神を蝕まれるということも今のところはない。それは前世の記憶を持っているおかげなのかもしれないな、とレオナルドは考えている。この精霊はことあるごとに王国の人間を殺せと殺意満々で囁いてくるのだが、レオナルドはいつもそれを聞き流すことができている。ゲーム知識がなければ、魔力がないという劣等感から徐々に侵されていたのかもしれない。なぜこんなにも王国の人間を憎んでいるのかは聞いても話してもらえていない。


「レオ兄様、お待たせ致しました」

 レオナルドのもとにプラチナブロンドの髪に紫水晶のような瞳をもったスタイル抜群の美少女が近づいてきた。レオナルドと同じように制服を着ている。

「いや、全然待ってないよ、セレナ。ミレーネも来たのか?」

 彼女がレオナルドの義妹のセレナリーゼだ。ちなみに自分達が義理の兄妹であることをセレナリーゼは知らない。そしてセレナリーゼとともに現れた水色の髪にアクアマリンのような瞳の女性はミレーネ。恰好からもわかるが、彼女は次期当主専属侍女、つまりはセレナリーゼの侍女だ。

 ミレーネはゲームのサブヒロインで、ゲーム通りならレオナルドの専属侍女になるはずだったが、レオナルドが次期当主をセレナリーゼに譲ったときに、ミレーネのことも自分ではなくセレナリーゼの専属侍女になるように父親に掛け合ったのだ。

「はい。初日ですので、お二方のお見送りをと思いまして」

「そうか。ちょっと恥ずかしいけどありがとう。たださ、セレナ。やっぱり俺と一緒にはいない方がいいと思うんだよ」

 前世の記憶にあるゲーム内そのままの姿に何度目ともわからない感動を覚えるが、この距離感についてはどうしてこうなったとしか言いようがない。ゲームではこの頃にはもう兄妹間の仲は冷え切っていたはずだからだ。思えば誘拐事件以降からやたらと近くにいたがるようになった。それだけトラウマになっているということなのだろうか。

「まだそんなこと言ってるんですか?私はレオ兄様と一緒にいたいんです。ダメ、ですか?」

「いや、ダメってことはないけど、俺と一緒だとセレナの評判が悪くなるから」

「そんなことありません!仮にもしレオ兄様のおっしゃる通りだとしても私は全く気にしません!」

「次期当主としてそれはどうかと思うけどなぁ」

 レオナルドは苦笑してしまう。貴族子弟の集まるこの学園で今のレオナルドは無価値な存在と言っていい。そんな人間の側にいることはセレナリーゼにとってメリットが何もない。

「もちろん、レオ兄様に任された大役ですのでそちらは問題なく熟してみせます」

「わかった、わかった」

「ふふっ、それでは行きましょう?レオ兄様」

「行ってらっしゃいませ、レオナルド様、セレナリーゼ様」


 こうしてゲームの共通ルート部分の舞台である学園にレオナルドとセレナリーゼは入学した。


 入学後はレオナルドが想像していた通りの展開となった。

 元々ゲームでは次期当主という肩書のまま入学する。だからこそ、魔力がない劣等生のレオナルドにも人はそれなりに集まっていた。

 だが、今のレオナルドはその肩書すらない。するとどうなるか。レオナルドに寄って来る者はまったくと言っていいほどいなかった。

 唯一の救いは、レオナルドと常に一緒にいようとするセレナリーゼまで孤立することはなく、順調に学園内で関係を築けているということだろうか。その中には他のヒロインや主人公もいる。

 遠目に見た主人公はなるほど、イケメンだった。それに彼は男爵家の長子と身分は高くないが、とてつもない魔力を有している。他に類を見ないその魔力量は入学前から有名で、様々な思惑を持った人間が彼に近づいていた。

 そうしてゲームの通りに各出会いイベントなどは着々と進んでいた。セレナリーゼからの又聞きでレオナルドも大体の流れは把握していた。

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