8 専属の関係
夜の病院に恐る恐る入った愛海だったが、診察室に現れた医師と会った瞬間にその緊張は解けた。
「お久しぶりです、御堂先生!」
ビターな大人の色香を漂わせる男性、彼は確かにびっくりするくらいに美男だった。愛海が子どもの頃にお世話になったときも、先生が大好きだったからつらい入院生活も耐えられたのだった。
「大きくなったね、愛海ちゃん」
五十を過ぎるという年のはずだが、その慈愛に満ちたまなざしは二十年を経ても少しも変わりない。愛海ははしゃいだ声で御堂にたずねる。
「今も小児科の先生なんですか?」
「小児科も担当しているよ。ただ今は呼吸器官やアレルギー疾患をよく診てる」
御堂は朗らかに答えて、心配そうに愛海をのぞきこんだ。
「元気かな……と訊きたいところだけど、ここに来るということはそうではないんだろう? 準備はできているから、精密検査を受けようか」
「あ……」
愛海はそれを聞いて表情をくもらせた。せっかく侑人に連れてきてもらったが、どうしようと迷う。
愛海にはこの病院に通い続けられなかった事情がある。それはとても単純で、重大な問題だった。
口ごもった愛海に、隣の侑人が言葉をかけた。
「愛海ちゃん、代金はもう払ってあるから心配いらない」
「え?」
愛海はうろたえて首を横に振る。
「そんな……! そこまでしてもらうわけにはいかないよ」
「勝手に手配したのは謝る。でもそうしないと、愛海ちゃんはいつまでも病院に来なかっただろ?」
愛海は気づかれていたのだと恥ずかしくなった。あきらめの表情でうなずいて言う。
「……仕方ないよ、ずっとそうして暮らしてきたんだから」
子どもの頃に父親を亡くして以来、母と二人で暮らしてきた。母の収入だけでは、この街の病院には通い続けられなかった。
大人になって母も亡くし、愛海は都会で働いていたが、体調は悪くなる一方で、ついに仕事も続けられなくなった。
侑人は愛海の顔をのぞきこんで強く言った。
「愛海ちゃん、俺のことよく見て」
反射的に侑人を見返した愛海に、侑人は問いかける。
「子どもの頃と同じに見える? 大事な人の治療費も払えないような大人には、なっていないはずなんだけどな」
見上げた侑人は、身なりだけでははなく面差しまで凛々しい大人になっていた。愛海をみつめたまなざしは、自信で満ちていた。
侑人は愛海の肩に手を置いて、さとすように言う。
「治療しよう、愛海ちゃん。通院して、薬もちゃんと服用して。……俺たち、専属の関係だろ?」
……専属って言われると、セフレだってこと忘れちゃいそうだよ。
愛海の心はじわりとにじんで、うれしいのか悲しいのかもわからない。
愛海は侑人をみつめたまま、気づけば小さくうなずいていた。
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