6 初めての仕事

 発作の出た後の眠りは重苦しいことが多いのに、その夜は静かな海で横たわるような心地がした。

 たぶんいつもは一人の部屋に、侑人がいると知っていたからだった。まだ再会してわずかな時間しか経っていないけれど、子どもの頃と変わりない優しさを降り注いでくれた彼は、瞬く間に特別なひとになっていた。

 子どもの頃、侑人は友達だった。今はせふれだから、ちゃんと仕事しないと……そう思っていたとき、目が覚めた。

 まだカーテンの向こうは青白い光で満ちていて、すぐにでもまた眠りに落ちそうな気分だった。

 ベッドの上で寝返りを打った愛海は、ふと視界の端で身じろぎをした人影に気づく。

「侑人くん!?」

 侑人がベッドの脇のじゅうたんの上で毛布をかぶって寝そべっていて、愛海は驚きの声を上げる。

「え、えっ? まさか一晩そこで? さ、寒いよね。ごめん。えと、すぐ暖まらないと……!」

 起き上がってわたわたしている愛海に、侑人は楽しげに笑って言う。

「愛海ちゃんの隣に入っていいの?」

「うん、私のこと湯たんぽにして!」

 思わずうなずいた愛海に、侑人は喉の奥で笑いをかみ殺したようだった。

「ほんと無防備なんだから。……じゃ、遠慮なく」

 侑人の声が近づいたかと思うと、彼は愛海のベッドの隣に入ってきた。

「……あ」

「初めての仕事、してもらおっか?」

 自分の言ってしまった言葉の意味を遅れて理解した愛海だった。

 侑人はそのまま腕を回して愛海の体を包んできて、愛海の体温が急上昇する。

 あれ、お客さんと触れ合うのって当然なのに、なんで赤くなってるの? 愛海はとっさに自分がわからなくなる。

「そういえば俺たちセフレなんだから」

 侑人は愛海の首筋に顔をうずめて、愛海の背中をぎゅっと抱きしめる。

 侑人の体ごしに、愛海に彼の声が響いて来る。

「で、今一つベッドの中。何しよっか、愛海ちゃん?」

 いつもより低い声に、彼は男の人だと今更ながらに実感する。

 愛海は恥ずかしさで真っ赤になりながら言った。

「好きにして……いいよ」

「その言い方、ずるい。愛海ちゃんにしてほしいこと、言ってほしいな」

 侑人は少しすねたように言ってから、くすっと笑った。

「でも愛海ちゃん、病み上がりだから。今日はこれだけでもいいか」

 侑人はそう言って、やっと腕の力を緩めてくれた。

 愛海はほっとしたような、ちょっと残念なような、何ともいえない気持ちで口元をむずむずさせていた。

 ベッドの中で二人は向き合って、侑人は愛海の顔を見て言う。

「朝になったら家には帰るよ。また誘う」

 愛海はうなずいたけど、侑人はまだちょっとすねたように言う。

「せめていっぱい温めて。手足、俺にからめて」

 侑人は愛海に身を寄せてささやく。

「……これでも、がまんしてるんだからさ」

 侑人は笑っただけでそれ以上は言わずに、愛海をぎゅっと抱きしめた。

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