5 デートの中断の後は

 ランチの後は、港から少し歩いたところにあるショッピングモールで映画を見た。

 愛海は映画を見たがって、侑人も上機嫌でそれに乗ってくれた。

 キャラメルフレーバーのポップコーンとホットコーヒーを手に、暗闇で時々二人で顔を見合わせて笑った。陽気な音楽に包まれて、午後は飛ぶように過ぎていった。

 愛海はこんな時間がずっと続けばいいと思った。けど、それは映画が終わるまでも続かなかった。

「ごめ……ん、侑人くん、は、見て、て……けほっ」

 映画が中盤にさしかかろうというとき、愛海には咳が出始めた。

 愛海は背を丸めて場内を出ると、ベンチに辿り着いて咳をする。その隣に侑人が座って、心配そうにたずねた。

「薬は持ってる?」

「う……ん、吸入器も、ある。だから映画、戻って、て……」

「愛海ちゃんが苦しい思いしてるのに、映画見てるわけにはいかないよ」

 愛海は吸入器を使って発作を抑えようとした。幸い、しばらく吸入器を当てて呼吸を繰り返していると、咳自体は鎮まってきた。

 侑人はそっと愛海の額に手を当てて言う。

「熱出てきたみたい。送っていくから、今日はもう帰ろ?」

 でも愛海の発作は、たいていその後に発熱がある。愛海はせっかくのデートをこんな形で終わりにするのが悲しくて、うつむいて口ごもった。

 侑人は愛海の顔をのぞきこんで言葉を続ける。

「心配しないで。映画だって、買い物だって、俺はこれから何度でも一緒にできるから」

 愛海はうなずきかけて、こんな幸せな日を送れただけでよかったと思った。

「うれしいよ……ありがと」

 子どもの頃も、今日一日も、たくさん侑人の優しさをもらった。愛海は申し訳なさでいっぱいになりながら、侑人に支えられて立ち上がる。

 愛海は侑人が呼んだ車でアパートまで送ってもらって、それでデートは終わったはずだった。

 けれどそれだけではなくて、愛海がベッドで休んでいると、インターホンを鳴らして侑人が戻ってきた。

「薬局で適当に買ったものだけど」

 侑人は袋から冷却シート、ゼリーや解熱剤を出す。愛海はうれしく思いながら、パジャマ姿の自分に気づいて恥ずかしくなる。

「あ、うわ、え、こんな格好」

「そんなこといいから。さ、寝てて」

 侑人は愛海をベッドに押し込んで、しっかりと毛布を被せた。

「少し眠るといいよ。ここにいるから」

「うん……」

 愛海は解熱剤が効いてきたのか、少し眠くなってきていた。侑人はそんな愛海を見て、優しく言う。

 愛海は数度うなずいて、頭をなでられる心地よさに目を閉じた。

 ほんの少し眠るつもりだったけれど、侑人に感じる安心のままに、深い眠りに落ちていった。

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