2 持ち掛けられた契約

 この街に有名な総合病院があるのは、愛海も子どもの頃少しだけ通ったから知っていた。

 ただ大病院は混み合うもので、愛海もそんなところめったに行かないから、たぶん一人で行ったら戸惑っていただろう。

 でもその時の愛海は侑人が抱えていて、愛海はぐったりと熱の中を漂っていた。

「こちらへどうぞ。処置します」

 侑人が電話で急ぎ手当が必要だと伝えてくれていたのか、愛海は受付も通さずにすぐに処置室に入った。

 診察台の上、吸入器が口に当てられて、短く呼吸を繰り返しているうちに体は楽になっていった。

 愛海は医師と、侑人にも伝えるつもりで笑う。

「もう……大丈夫みたい」

 医師は慎重に愛海の様子を確かめてから言った。

「入院までは必要ありませんが、熱があるようですので少し休んでいかれたらどうですか?」

「平気です。よくあるし」

 愛海がけろっとして首を横に振ると、侑人が口を挟んだ。

「少し休ませてください。それから、私が家まで送っていきます」

 愛海は苦笑して侑人に言う。

「おおげさだよ、侑人くん」

「だめだよ。また倒れたらどうするんだ」

 侑人は言葉を覆さず、家まで送ると言って聞かなかった。

 結局、三十分ほど別室で休んだ後、愛海はここに来たときの運転手つきの車に乗せられていた。

 愛海が横目で見上げれば、可愛かった男の子はすっかり精悍な男性になっている。愛海はむずかゆいような気持ちで口を開く。

「侑人くんは、やっぱり変わったなぁ」

 その言葉に、侑人は少し黙って考えたようだった。

「昔の俺の方が可愛かった?」

「そんなことない! 素敵だよ!」

 愛海は侑人に振り向いて笑う。

「この街、やっぱり好きだな。素敵な偶然が起こる」

 侑人は真顔でさらっと答えた。

「偶然じゃないよ」

「え?」

「それより、愛海ちゃんと次確実に会うにはどこに行けばいい?」

 愛海は思わず息を呑んで、まじまじと侑人を眺めた。

「私、と?」

「公園で待っていて会えるなら、待つけど」

 新居のアパートが見え始めたとき、侑人は強引に愛海に言った。

「約束できたら、こちらから迎えに行けるから」

「あ、もしかして仕事の依頼?」

 愛海はぱっと顔を明るくすると、胸を叩いて言う。

「まっかせて! どんなプレイもどんとこいだよ!」

 そういう愛海のあけすけなところは、元彼の中では嫌う人もいた。

 彼がそんな愛海にがっかりして、離れて行くのも仕方ない。愛海はそういうあきらめの良さも持っていた。

 でも侑人はじっと愛海をみつめて、真剣な口調で言った。

「じゃあ今日から、俺専属で契約して。お金出すから」

「え……と」

 愛海は頭の中でそういう関係を検索して、ぴんとひらめく。

「せふれってこと?」

「仕事しようとする愛海ちゃんを独占するから、そうとも言うかな」

 愛海はうなって、ちょっとだけ痛んだ心に気づく。

 ……あれ、なんで今、ちくっとしたんだろう?

 愛海はまだその正体はわからないまま、どんな仕事も断らない明るさで言う。

「いいよ!」

 愛海が意外だったのは、侑人も一瞬だけ、ちくっと痛んだような顔をしたことだった。

 彼は独り言のようにつぶやく。

「……今はそれでいいか」

 愛海が首を傾げると、侑人は愛海の手を取って握りしめる。

「契約成立だね」

 侑人が握りしめた力は思ったより強くて、愛海は慌てて笑い返したのだった。

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