3 彼のオーダー

 愛海は侑人と連絡先を交換した後、さっそく侑人に、どんなことがしたいか訊いてみた。

 それはいつも、お客さんのオーダーに全力対応!の愛海の仕事方法だった。愛海は優秀なトークや技術があるわけじゃないから、お客さんが満足するように一生懸命できることをするのだった。

 侑人の返信は速かった。「次の日曜日の昼11時、からくり時計の下に来ること」。

「昼? それにからくり時計からホテルって近かったかな?」

 愛海はそのメールにちょっと首を傾げたが、専属契約を結んでいる侑人が望むのだから、いつもどおり全力対応!でいこうと思った。

 日曜日の昼、愛海は時間に余裕を持ってからくり時計の下に着いたが、侑人はもう先に来ていた。

 ごめんと言いかけた愛海に、侑人は冗談めいて笑う。

「実は寝不足なんだ。楽しみであんまり寝れなくて」

 愛海はそれを聞いて、困ったように笑い返す。

「うん、私も。昼間に呼ばれるのって慣れないから、何着ていったらいいのかなって」

「そう、それ。俺、変な顔してない?」

 侑人は照れくさそうに愛海に言った。

「……かわいい。愛海ちゃんのスカート姿初めて見た」

 愛海は子どもの頃、ほとんどスカートを履かなかった自分を思い出した。仕事ではスカートは制服みたいなものだったから、改めて言われると照れる。

 愛海はくすぐったい気持ちで侑人に言い返す。

「子どもの頃とは違うよ。侑人くんだって……」

 一週間前の侑人はスーツ姿だったが、今日の彼はざっくりした白いセーターの上にニットのジャケットを羽織っていた。黒いジーンズが長い手足を際立たせていて、俳優さんみたいだった。

 素直にかっこいいと言うにも戸惑うほど、侑人はすっかり大人の男の人だった。

 愛海が少し彼にみとれていると、侑人はからくり時計を見上げて声を上げた。

「ここのからくり時計は気まぐれでね。一時間ごとに必ず人形が現れるとは限らないんだ」

「そうなの? もうすぐ11時だけど、人形出てくるかな?」

「どうかなぁ……ああ、そういえば」

 愛海が腕時計を見下ろしていると、侑人が笑う気配がした。

「あ、出てきた?」

 愛海がわくわくして顔を上げると、侑人はふいにいたずらっぽく問う。

「愛海ちゃんは人形、見たいんだ?」

「それはもちろん。でもお願いして出てくるものなの?」

「そうだなぁ、実はね、噂で聞いたんだけど」

 侑人は愛海の耳元で小さくその言葉を告げる。

「……この下で手をつなぐと出てくるらしいよ?」

 その言葉と一緒に、侑人はひょいと愛海の手を取った。

 手のひらからじんわり伝わってきたぬくもりに、愛海はじんわりどころでなく赤くなる。

 求められて、お客さんの手を握ってあげることはよくある。でもこうやってつながれるのは……もしかしたら、初めてかもしれない。

 とっさに顔を伏せてしまった愛海に、侑人は指先でとんとんと何かを伝えてきた。

「愛海ちゃん、上」

「……あっ」

 愛海がむずむずしながら顔を上げると、からくり時計の扉が開いたところだった。

 くるみ割り人形のメロディが陽気に奏でられる。

 愛海がみつめる先で、騎士にエスコートされて女の子の人形が踊り始めていた。

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