#7/4 #アクアリウム #ミント・ジュレップ

 梅雨だというのに体温を超えるような暑さは、たそがれ荘にも襲いかかってきた。風もない夕暮れ時は風鈴も微動だにしていない。

 あついぃあーつーいーと呪詛を吐く榊山さかきやまのため、遊馬あすまが取り出してきたのは金魚鉢だ。水底にビー玉を転がせば、涼やさかが増す。さらに小指ほどの穴が空いた浮き輪が浮かべられるのを榊山は川に浮かびたーいと眺めていた。

 琉生りゅうせいは行き帰りの体力はどうするのだと言ってやりたい。

 はい、出来ましたよと机に突っ伏す榊山の目の前に金魚鉢が置かれた。揺れにおっかなびっくり動きを止めた金魚が居心地悪く泳ぎ始める。

 ひらひらと揺れるヒレは儚く透き通っていた。


「河童とか、雪女体質の人がいれば、涼しくなったりしないかなぁ」

「涼しくする前にバテると思いますよ」


 は、と目を見張った榊山が呆れ顔の琉生をまじまじと見る。穴が開くほど見つめた後、深いため息をついた。


「龍神さまの加護もないもんなぁ」

「加護だけもらおうったって、卑しいにもほどがあるでしょう」


 勝手に期待されても困る琉生は前々からつくづく思っていたことを突き返した。

 崇め奉れば、恩恵が必ずもらえると期待するのは、傲慢だ。


「龍神さまをうやまったら、何かいいことあるの?」


 言葉と同時に、ずいっとグラスを持った手がのびてきた。

 まとわりつくような声を聞くだけで誰とわかるので、琉生は見向きもせずにグラスを見下ろす。薄い茶色の液体の底にはミントが沈んでいた。

 ずい、と身を乗り出して来たのは榊山だ。金魚鉢を覗くように、グラスを横から見透かす。


「これ、なぁに」

「ミント・ジュレップ。ベースはバーモン・ウィスキー。クラッシュアイスを多めにしてあげたよ」


 今日、あっついもんねぇ、とだらけた声には誰も応えない。

 遊馬が声のない笑いをこぼしていたが、誰も目に止めなかった。


「明日は涼しくなりますよぅにぃ」


 乾杯の音頭は、たそがれ時の気だるげな空気に溶けていく。

 ちりん、と鳴ったのは、グラスか風鈴か。



܀𓏸𓈒◌𓈒𓏸܀܀𓏸𓈒◌𓈒𓏸܀

誕生酒:ミント・ジュレップ

酒言葉:明日への希望



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