#7/2 #喫茶店 #ピムズ・ナンバーワン
雨宿りに立ち寄ったレトロな喫茶店はバーも兼ねているようだった。カウンター奥の棚には色とりどりのガラス瓶が並んでいる。あたたかな照明をにぶく反射し、近寄りがたい印象を放ちながらも強く引かれるものがあった。
思わず、酒を頼みたくなる衝動を抱えながら、琉生はアイスコーヒーを頼んだ。前世の体質が影響するのか、冬でも氷が浮かぶ液体を選んでしまう。極度の猫舌だと通しているが、周りを騙しているようで後ろめたかった。
カウンターの椅子に腰を落ち着かせ、じっくりとラベルを眺めた。角ばったもの、細身のもの、夜を溶かしたような蒼もあれば、赤茶色の薬瓶みたいなものもある。あの瓶に秘められた酒はどんな味なのだろうか。
「夜もお待ちしてますよ」
茶目っ気のある店主が微笑みながら、アイスコーヒーをサーブする。
会釈だけ返した琉生はアイスコーヒーを口にした。きんと冷えた味わい深い苦味が喉をすべり落ちていく。湿気で感覚がにぶっていたが、ひどく乾いていたらしい。半分ほど、一気に飲んでやっとひと息がつけた。
再び、顔を上げて目を引かれるのはひっそりとひしめく酒瓶だ。英字ばかりのラベルに見慣れた並びも見つけると興味を引かれる。
「お酒がお好きなんですか」
そっと訊かれた言葉に、いえと断りを入れた琉生はしばらくして言い直す。
「知らない酒ばかりなので、どんな味なのかと気になっただけです。全くわからないので」
「そりゃあ、いい」
楽しみがまだまだある、と店主はにっこりと付けくわえた。
話しやすい雰囲気につられた琉生は店主に訊ねてみる。
「何から飲んでみたらいいんですかね」
「何でもいいと思いますよ。お好みを伝えれば、それに寄り添ったものを私たちが作りますから」
薄い幕が取り払われていくようだ。ここなら、気軽に来ていいかもしれないと小さく頷いた。
「新しいものにチャレンジされたいのなら、誕生日カクテルもおすすめですよ」
聞き慣れない提案に目を軽く見張る客に店主は続ける。
「誕生石ってあるでしょう。ルビーとかダイヤモンドとか。あれは月ごとですが、日ごとにもあるんです。そのカクテルバージョン。千以上もあるレシピの中から、その日に選ばれた一杯を楽しむのも、今まで知らなかった味と出会えるのでいいもんですよ」
穏やかに語られる言葉は耳にするりと入ってくる。
「ちなみに今日のカクテルは?」
「ピムズ・ナンバーワン。イギリス生まれの百年以上、愛されている酒です。胡瓜を入れて楽しむもので、茶色の見た目に反してフルーティーなので驚かされますよ。ちなみに、ナンバーシックスまであるので、味見をされたいなら当店へ」
気付けば、空が晴れていた。雲の合間から降ってくる光は明るい。違う輝きを放ち始めたガラス瓶たちにも別れを告げて、琉生は喫茶店を後にした。
鼻を抜ける重い空気は緑の香りを含んでいた。どこかすっきりとした雨上がりに、昨晩のカクテルの思い出す。今朝も、今日も夕涼み会だよーと釘をさされたばかりだ。
肺を満たす空気を全て吐き出した琉生は、すっと息を吸った。最後の態度が感じが悪かった自覚はある。
仕方ない、カクテルのリクエストをしてやろう。無理矢理、参加させられるのなら少しでも楽しんだ方がいい。
晴れ始めた空の下、足を踏み出した。
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誕生酒:ピムズ・ナンバーワン
酒言葉:歩み寄り
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