晩餐

「ごめん。帰るの遅くなる」

 彼からの電話が来たのは終電の直前だった。終電を逃したら遅くなるどころじゃないでしょという言葉は飲み込んだ。

 電話のうしろでは男女数名のにぎやかな様子が聞きとれた。今日彼が会っていた友人たちだろう、まだ遊ぶのか。

「わかった」

「じゃ」

 すぐに切れた電話がむなしい。そんなに急ぐことないのに。

 遊びにいくと言っていた時点でこのオチは読めていた。わざわざ記念日だからいっしょにご飯食べようねと前々から伝えていたのに。彼のこういうところだけはまだ納得できていない。

 しばらくぼうっとして、それから食卓にならべた料理をラップをかけて冷蔵庫にしまった。せっかく作ったのにもったいない。すでにできたてではないものの、やはり今夜のためにつくったのだから今日食べきってあげたかった。世界でいちばんかわいそうな女と料理がここにある。

 でもお腹はすいているから、私も外に食べに行こうかと準備をする。近くのファミレスなら二十四時間営業だ。支度を終えて、玄関の扉を開けた。

「えっ」

 人の声が聞こえて、驚いて扉を閉めた。

「あ、待って待って、閉めないで」

 気のせいじゃなければ、スーツでキメた彼が経っていた気がする。扉の向こうで、近所に気を遣いながらも騒いでいる声だって聞き馴染みがある。

 ドアチェーンをつけておそるおそる覗くと、やはり彼がいた。普段あまり着ないスーツ姿での帰宅に「なんで?」と思わず率直な言葉が出てくる。彼は少しだけ気まずそうな顔をした。

「電話の後いそいで終電に乗った」

「そう……」

「友達に手伝ってもらって用意してたら意外と時間くっちゃって」

 ドアの隙間から紙袋とちいさな花束を見せられる。スーツとプレゼントを見て、付き合い始めてすぐに「記念日にプロポーズする」なんて約束してくれたことを思い出した。心臓が早鐘をうつのをおさえて、彼を見つめる。

「あのさ、どっか行こうとしてた……?」

 ぎゅっと眉をよせる仕草は、彼が不安になったときに見せるものだった。

「ううん」

「そう?」

 とたんにほっとした彼に笑みがこぼれる。わかりやすい態度がかわいくて、安心する。たまにルーズな一面にふりまわされて嫌になることはあるけれど、だから私は今日まで彼といたんだとあらためて思った。

 チェーンを外して彼を家の中にいれてあげる。

「約束、忘れてるかと思ってた」

「忘れてない」

「帰ってこないからさぁ」

「今日は付き合って五年目だよ、わかってるよ!?」

 子どものように主張する彼の背を押してリビングに向かう。

「スーツ似合ってるね」と言いながら冷蔵庫にしまった料理たちを出す、その時間ですら幸せだった。

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【掌編集】お似合いだね 一途彩士 @beniaya

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