解決

「女の人の声がしたんだけどな……」

 帰宅してすぐに寝室を覗いてきた妻がぼそりと呟いた。

「気のせいじゃない?」

 スマホのゲーム画面から目をそらさずに答える。

「絶対聞こえたよー。ベッドの下ものぞいてこようかな」

「やめろよ」

「どうして?」

「家の中に僕一人だと思ってたのに誰かいたのなら怖すぎるから」

「これからもいるほうが怖いから今のうちに確認してくる」

 こちらの制止も聞かず寝室へ逆戻りした妻だったが、すぐに帰ってきた。

「いなかった……」

「なんで残念そうなんだ」

 心の底から悔しそうな声をはげますために、

「風呂沸いてるよ」

 と教えてあげる。妻は出かけて家に帰ってきたらすぐ風呂に入りたがるから、時間を見計らって入れておいたのだ。それを聞くと「やった!」と声が明るくなった。

「ありがと~汗かいて気持ち悪かったの」

 妻は準備をしていそいそと浴室に向かった。しばらくして彼女がシャワーを浴び始めた音を確認し、もう少しでゴールのゲームをほっぽって寝室へ向かった。

「もういいよ」

 クローゼットを開けて中にいる彼女に声をかける。彼女は怯えた様子で縮こまっていた。僕もゲームをしているフリでごまかしたけど、心臓がいまにも爆発しそうだった。

「さっき奥さん床にへばりつきながらベッドの下のぞきこんでたわ……」

「ほんとにごめん、急にクローゼットなんかに押し込んで」

「そんなことより、奥さん帰ってくるなんて聞いてない」

 小さい声で咎める彼女に謝りながら、今のうちに帰らせようと説得をしようとしたときだった。

「誰かいるの?」

 はっとして後ろを振り返る。全身から水をしたたらせた妻が寝室の入り口に立っていた。

「びしょびしょのまま出ちゃだめでしょ」

 焦りから見当違いな言葉が口から零れる。妻はそれにいま気づいたようで、あっと声を漏らした。

「後で拭くね。それより……」

 妻の視線がしっかりと彼女を捕らえる。服の中で汗が滝のように流れていく。さすがにごまかされてくれないか。言い訳を重ねようと、何をいうか決まっていないまま口を開いた。

「あの、この人は」

「やっぱりいたんじゃん! ねー、本当に怖かったんだけど!」

 しかし、妻は心底安心したといった空気で声を張り上げた。一転して無邪気な笑顔を浮かべている。

「ご、ごめん」

「知ってたんなら言ってよね」

「うん」

「はあー、よかったすっきりしたー」

 うんうんと一人頷いて妻が背を向け寝室から出て行く。「床はあとで自分で拭くからねー」と離れた場所から念押しされたあと、浴室の扉が閉まった。きっといつものように鼻歌を口ずさみながら、バスタイムを楽しみはじめたのだろう。

「……奥さん、変わってるね」

「うん……」

 妻の反応に面食らった様子の彼女に、僕は同意するしかなかった。そう、そういう人だった妻は。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る