時間をください
おおきくなったらけっこんしよーね!
……なんて、小さい頃に約束した相手と明日結婚する。何度も公園で遊んだ男の子。小学校に上がってからは学区が違ったのもあって、大人になるまで再会することのなかった。でも私にとって一番大切な記憶で、うかつに触れられないまでに抱え込んでいた約束だった。その彼と再会できたときでさえ本人に伝えられなかったくらい。
ついに披露宴を明日に控えた、お互い気分よくお酒に酔った晩にそれを彼に打ち明けた。明日が楽しみだと笑みを浮かべていた彼の表情は次の瞬間、一転した。
「はあ? お前が? あの子?」
「うん」
「いやそれ俺じゃないんじゃない?」
「え?」
まさか人違いなわけがない。私はその約束した年と、場所と、内容をはっきりと伝えた。それでも彼は納得がいかない様子だった。
「確かに俺もちっせーころ、そんな約束したよ? でもそんな二人がはい結婚しますってドラマみたいなことあるわけないじゃん」
勘違いだと笑われて、すぐには言葉がでなかった。私がずっと大事にしてきた思い出なのに。彼にとってはそうではないらしい。
「本当なのに。ずっとずっと大好きだったのに。なんでそんなにばかにするの。私のこときらいなの…」
「ばかになんかしてないよ」
彼は笑みをひっこめて、いたって真摯な風にこう口にした。
「お前のことが好きだ。大好きだ。でもあの子のフリをするのはゆるせないってだけ。俺にとってあの子は大切な思い出だから」
じゃあ信じてくれたらいいじゃん。そう返す前に、彼がやたら面倒そうな態度をとってきて、ふつふつと怒りがわいてくる。
「そもそもどこで知ったんだよ? いつの出来事で場所はどこでって。母さんにでも聞いた?」
「……そう、どこまでも嘘つきだってことにしたいわけ」
「そんな嘘ついてまで俺との結婚が嬉しいって言いたいんだって感動してるだけ」
その言い方がさらに私の神経を逆なでした。私は、せっかく言わないでおいたことを披露することにした。
「あなたは最初出会ったとき、カエルをひっつかんで私を追いかけまわしてたくせにいざカエルを逃がそうとしたら自分の顔にひっついてきて引くほど泣いてたわよね」
「は、はあ?! そそそそんなことしてないし!」
明らかにぎょっとした顔をする彼に畳かける。
「結局お母さんに泣きついてたじゃない。そうそう、ジャングルジムからヒーローみたいに着地するって言って顔から地面についてたりさ。私はなんにも言ってないのにかっこいいところ見せたかったのにって大泣きして」
「違う!!」
「何が違うのよ?! 結婚の約束した後だってすぐうしろの坂道に気づかないでごろごろ転がってって体中あざだらけにしてさあ!」
「はー?! 俺そんなみっともないことしてない!!」
「してた!!」
顔を赤くした彼は首をぶるんぶるん横に振った。私だって綺麗な思い出に水を差すのは悪いかなって黙っておいた話だ、信じない方が悪い。
「してないっ、ばーか!!」
「ばかっていうほうがばかよ!! ばかばか!!」
「ばかばかばか!! うそつきは泥棒のはじまりなんだぞ!!」
「うそつきじゃないもん!!」
「うそつき!! 泥棒!!」
「泥棒でもない!!」
「ばかばかばかばーかっ!!」
彼が子供じみた捨て台詞をはいて部屋を出て行った。「朝にはもどる!!」と言い添えるのは律義というかなんというか。
しかし彼は本当に、あの約束をした相手が私だと認めたくないらしい。思い出の中の女の子と私はそんなに結びつかないのか。結びつけたくないのかもしれない。
それでも彼の負けは明白だ。私には最強の証言者がいる。お義母さまだ。彼女とお会いした際にたしかめたから間違いない。私と彼はずっとずっと前からこうなる運命だったのだと、どうすれば認めてくれるだろう。
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