思い出

「俺の彼女は怒った顔がいちばんきれーなの」

 とぬかす友に付き合い、遅い帰りの為に居酒屋をはしご、はしご、はしご……。俺よりもはやく友がつぶれたところで我に返り、家に送ってやることにした。

「うーん……」

「おら、もうすぐつくぞ」

「あざあす」

 彼の部屋につくと中に人がいる気配がする。そうだ、こいつの彼女がいるんだっけ。怒ってんのかなぁ、こいつは酩酊してるからもしかして俺が怒られなきゃだめなのかな。

 仕方ないのでチャイムを鳴らす。すぐに扉が開いた。その先には怒りを顔ににじませた女性が立っていた。ああ、なるほど。確かにこれはきれいだな。怒りだけじゃない感情が複雑にからみあって、もともと美しい顔立ちにいいアクセントがついている。それに惚れるのは厄介な男だ。友人ながらちょっと引く

 彼女は友ではない男がいて驚いたようだったが、俺がかついだものに気づくと表情をやわらげた。

「……あら、連れて帰ってきてくださったの。ありがとうございます」

「いえいえ。起きろ、彼女さんいたぞ」

「うぇーい、ほら、きれーだろ」

 友の弱弱しいピースを流しながら彼女さんに引き渡す。軽く頭をさげた彼女さんと友に背をむける。扉が閉まる前に

「何の話よ?」

「こっちのはなし」

「ふーん、今日も呑んでくるとは思わなかった」

「えへ、ごめん」

 などと交わす声が聞こえた。もめてもいるようだがそれでも仲は良いのだろう、うらやましいことだ。

 まさか、元カノがあいつの彼女だとは思わなかった。怒った顔がきれいだというから、結びつかなかったのだ。たしかにあれもいい。心配でたまらないのを怒りで覆い隠したあの顔。

 でも、彼女はかなしくてかなしくて泣いているときが一番美しかった。それがいっそう際立っていた、別れたときの涙にまみれた彼女の顔を思い返す。ああ、あのときを酒の肴に、もう一杯だけのみに行こうか。駅に向かっていた足を繁華街へと変えた。

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