今さら幸せになんか
浮気癖のある恋人と別れ、親に勧められた適当な相手と結婚することにした。結婚式当日、元恋人はどこからか話を聞きつけ、花嫁が支度を終えた控室に顔を見せた。
「きれいだね」
どこか機械的に賛辞をおくる彼の表情からは、彼が何を考えてここに来たのか読み取ることができなかった。
私は彼以外のために身にまとったドレスで彼に抱きついた。化粧が彼のシャツにつかないようにしながら、すがるようにささやく。
「また、会いたいな」
彼の浮気癖はひどかったけれど、既婚者と未練がましい女の相手はしない主義を持っていた。そういう女の相手は面倒らしい。だからこう言えば、今後私のもとに姿を現すことはないと思った。
「……ほんとに?」
しかし、予想に反して彼の声は一転して明るいものへと変わった。そのまま、私の化粧がくずれないように優しい手つきで私の顔をすくいあげ、キスをした。離れた彼の口元が、私がさしたリップの色にかすかにいろづいている。
あっけにとられる私を置いて、彼は部屋をあとにした。「また会いに来るね」と上機嫌に残された言葉を反すうし、私は力なく椅子に座り込んだ。散々好き勝手していたくせに、どうして、いまさら。
控室の扉がノックされる。その音から、式場から、何も悪くない新郎から逃げ出したかった。
こんな私じゃ花嫁になれない。
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