置き土産
「みんなのためだ、わかってくれ」
村長の息子である彼は苦しそうな声で私に告げた。苦しさを隠しきれないのが、この人のいいところだ。
この村では悪いことが重なると、神の怒りだといって山の深くにある祠の神様に作物をささげていのる。それでも怒りを鎮めることができなければ村のなかから贄が選ばれ、祠にささげられる。それに今回は私が選ばれた。
事前にある程度の年齢の女が選ばれると知っていたから心構えは済んでいる。それに、
「もちろん。準備だってもう済んでるわよ」
彼がこうして宣告するまで、私を救う手立てを探し回っていたことを知っているから。
彼に部屋の奥に用意した衣装を見せる。さらに苦い顔になった。
「嫌味か?」
「まさか。見られないのかわいそうだから」
「……」
彼との婚姻のための花嫁衣装だった。それが知らない神様のもとに向かうためのものになるとは。
「支度をするから、いったん帰ってちょうだい」
そうして彼や村の人々の前で白無垢をまとった姿を見せる。生まれたときからの付き合いだ。誰もが涙を流し、それでも自分が変わるとは言わない。
そんな別れの声の中から抜け出して、彼とふたり山の入り口まで向かう。
彼はずっと何かいいたそうだった。私を見送る場所についたところで、ようやく重い口を開く。
「きれいだ」
「うん」
「ずっと、そんな衣装じゃなくてもきれいだった」
めったに褒めない彼の、最大級の贈り物。それで十分だったのに欲が出た。
「抱きしめてほしいっていったらどうする?」
彼はまた苦い顔をする。
「着替える前にいってくれ」
神様はにおいに敏感らしい。自分のものにした贄に他の人間のにおいがついているのは怒りを買う。
「じゃあ、いいや。ありがとうね、ずっと」
「……ごめん」
歩きづらい山道に足を踏み入れる。彼の何度も謝る声を聞こえないふりをして歩くうちに、祠についた。
祠には以前ささげた食物が食い散らかされていた。これで満足してくれればよかったのに。
祠の前でどれくらい待っただろう。動物の気配すらしない、完全な闇にようやく生き物と呼べそうな気配がした。そちらをむくと、蛇ににた大きな体躯に凶悪な顔をのせている。
すてられたのか、かわいそうに
低い声が響いて伝わってくる。笑う神はずいぶんあくどく、神でもこんなものかとがっかりした。捨てられたのではない、かわいそうでもない。彼はきっとこの先の人生で、私を想わない日はないだろうから。それだけでこの身をささげる理由になった。
それに体を触れられる感覚をかき消すように彼を想った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます