何もできないけれど

 「魔法がとけました」と書き置きを残して彼女が消えた。

 大量の酒を飲みながら、親友はそう嘆いた。完全にやけ酒だ。

「なんで出ていったんだろう……」

 普段はクールぶっていて、ここまで感情を表にだしているのも珍しい。

 弱々しい声に隣の肩をたたきつつ、自分も酒を口にする。

「同棲してたんだろ? 暮らしているうちに何か合わないことでもあったんじゃないか? 食生活とか趣味とか」

「昨日は二人でからあげ食べ放題に行ってどっちが多く食べれるか競争したのに……」

「おもしろそうなことしてんのな」

 けっこう愉快に暮らしていたようだ。

「どっちが勝ったんだ」

「一個差で俺……」

「それが気に食わなかったとか」

「あの子はそんなんじゃない…」

 あんなに楽しかったのに、と呟く声は悲壮感たっぷりで。こいつが同棲し始めたと報告しに来たときの幸せそうなあの顔がよぎって胸が苦しくなる。

「なんの魔法が、とけてしまったんだろう」

「なんだろうなぁ」

 しかし今の俺にはどうしようもない。とりあえず慰めの酒を呑めのめと注ぐしかない。

 そうこうしているうちに親友は完全に眠ってしまった。

 それを尻目に、その隣に座っていた女性に視線を移す。彼女はそれに気づいて深々と頭を下げた。

「すみません本当に……」

「別にいいですよ」

 何も問題ないと手を振って、顔を上げるように促すそのままコップに残っていた酒を飲み干した。

 この居酒屋に来てからずっと親友の隣にいた彼女こそ、こいつの探しびとだった。

 隣に彼女がいるのに、消えてしまったと話すものだから本当に驚いた。それを指摘しようにも彼女のほうが必死に止めてくるので口をつむぐしかなく。どうやら親友は彼女の声も聞こえていなかったようで、俺が「お前が何か悪いことでもしたんじゃないのか」などと聞くたび彼女は必死に首を振って否定してくるし、本当にどういうことなのかさっぱりだった。

「魔法がとけてしまいましたの、本当にそれだけです。でもこの人が心配だからしばらくは傍にいようと思います」

 詳しいことは教えてくれなかった。ただしこいつに愛想が尽きたわけではないようでそこは安心した。それどころか彼女の心は親友のもとにすべて置いてきたという。親友も、彼女も、愛して愛されている。ハッピーエンドはここにあるはずなのに、ここで幕を下ろすわけにはいかないのだから厄介だ。

 眠りこける親友と、それに寄り添う彼女を眺めながら、頭を冷やすための最後の一杯を注文した。

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