愛の証明

 昼休みの弁当を食すあいだの、他愛もない会話のなかだった。友人がふと話題に出したのは、地元の夏祭りのことだった。

「今年の夏祭りどうするのー? 彼氏くんと行くの?」

 にまにまとからかう意図を隠し切れていない友人が、ひじで私を小突く。

「行かない」

「えっ」

 驚いて箸を落としそうになっている彼女の手をつかむ。目も飛び出してきそうな開き具合だ。なんとかおとさずにすんだのを確認し支えるのをやめた。反対に我に返った彼女が私に詰め寄ってきた。

「えっ……な、なんで? 付き合って初めての夏じゃん、思い出いっぱい作るんじゃないの?!」

 彼女の言う通り、私が恋人と付き合い始めたのは昨年の秋ごろ。恋人としての彼と過ごすはじめての夏だ。一応夏季休暇になったら水族館にいく予定などはすでに立てているのだが、夏祭りに行かないことに彼女が驚くのも無理はない。地元の祭りは県内でも有名で、カップルがいっしょにいくと長続きするとか片思い相手を誘えば恋が叶うとか、そういうジンクスでもちきりなのだ。年々来場者数も増えているとかなんとか。

 だから彼女は当然私と彼が夏祭りに赴くだろうと思ったのだろう。弁当の端に転がった米に苦戦しつつ、その誤解を解く。

「彼は横田先輩と祭りに行くそうだ」

「なんで!! ほんとになんで?!」

 横田先輩は私達より一つ年上の、学校のアイドル的存在の人だ。生徒会にも所属していて校内の認知度も高く、清楚でかわいいと人気が高い。いつも人に囲まれているような人だ。中学校が一緒だったのだが、その頃からずっと変わっていない。そんな彼女がつい一週間前に彼を祭り誘ったらしい。もちろん彼に恋人がいるのは承知で。

 彼は風紀委員として生徒会役員の彼女と関わりがあると聞いていたが、まさか惚れられるような関係だとは想定外だった。

「えー、ちょっと先輩に幻滅かも……」

「そうか?」

「彼女持ちの男に声かけるって……それに答える彼氏くんもどうかと思うけど」

 彼女の反応は至極真っ当だ。

「彼としては人気者の先輩と並んで歩いている自分を見たら周りがどんな反応をするか気になるという興味から答えたそうだが」

「その理由もちょっと嫌かも」

 彼女はまゆをひそめる。本気で嫌なのだろう。

「ていうか嫌じゃないの?」

「特になにも思わないな」

「えー?」

 私が傷ついていないか、心配げな彼女はとても優しい。

「約束したから」

「信じてるからってこと? あんたが納得してるならわたしはいいんだけどさあ……」

 納得しているようには見えない彼女を安心させるために強く頷く。

 もちろん信じているとも。だって彼は、先輩が祭りのジンクスを利用して私達を別れさせようとしているのだと知ったうえで祭りに行くのだから。

 先輩は中学生のころから私が気に入らないらしく、たびたび小さな嫌がらせをされていた。まさかこんなことまでしてくるなんて。だから、祭りに誘われたけど断るよと話す彼に一連の嫌がらせについて伝えるとひどく怒ってくれたのが嬉しかった。ついでにやり返そうと準備を進めてくれた。

 さきほど彼と先輩が夏祭りデートをすることになにも思わないと言ったが、それは少し間違っている。

『ぜったい別れないからね。めちゃくちゃ思い知らせてくるから待ってて』

 強い決意を込めて、私の手を握ってくれた。彼の顔は笑みに満ち、ひどい行いをする先輩への反抗心にあふれていた。

 彼が実際、祭り当日に何をしようとしてるのか考えるだけでわくわくが止まらない。

 だから私は夏祭りの日が待ち遠しい。友人にこれを伝えつもりはないけれど。

「ああそうだ。せっかくだから祭りは私と行かないか?」

「行く行く行く。私は今年もおひとりさまだから!」

 たのし気に屋台で制覇したいごはんの名前をあげだしたのをメモにとりながら、昼休みが終わっていく。Xデーまであと少しだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る