待ち人よ 天使
月明かりがきれいな晩のこと。私の住処に見慣れぬ老人がやってきた。男はぽつぽつと自身のことを話し始めた。
「若い頃、わたしは無謀な旅に出た。これほど老いてしまうまでかかるとは想像していなかったが……それを含めてわたしは浅はかだったのだ」
老齢の男は私の前で、わずかに悔いるような表情で言葉をつむいだ。
「天使を探し出そうとおもったんだ。噂を頼りに北へ、東へ、ときには危険な場所にだってためらわず足を運んだ」
過酷な旅だったのだろう。顔のしわからは経験が、服装から覗く手足についた多くの傷もどのようにしてここまで生きながらえてきたかがありありとわかった。
私はそんな男がかわいそうに思えて、大きな傷のある腕をさすってやった。
それに男は何を思ったのだろう。私の手をよわよわしくすくい取って、請うように額に当てた。
「……本当は、わかっていたんだ。地上に残っている天使は君だけだって。それでも、僕は置き去りにしてしまった。どうしても探し出してあげたかったんだ。君の片割れの天使を……君をあいしていたから……」
長い旅の疲れで混乱しているのか、私を誰かと勘違いしているようだった。あいしてると言いながら抱きしめてくる男の手を、振り払ってやるのもかわいそうで、私はされるがままとなった。
男は最果てから来たと言った。きっとその最果てに置いてきた天使はもういない。哀れなことに、ほとんどの天使は気が短い。男のことなど忘れてしまって、最果てとやらからも姿を消しているだろう。
私も待ち人がいる。天使と人との寿命の違いを理解したうえで、待っている。しかし種族の中では気が長い方の自負を持ってはいるが、さすがにあいつが老人になるまでは待てやしない。いまはまだ十年くらいしか経っていないはずだ、あいつもこの男のようにならなければよいが。
そう、あいつのことを思えば、男のこの姿がより憐れんでみえてくる。涙を流す男をあやすように、背中の翼を大きくして体ごと包みこんでやった。
男はさらに肩を震わせる。うすい体はいまにも折れてしまいそうだった。
「僕にはわかる、君があの子だって……待たせてすまない…ずっとずっと……」
正さないことが優しさなこともある。男のこぼす受け取り手のいなくなった言葉を、一つひとつ聞いていくうちに、夜はもう明けそうだった。
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