しゅがーちゃんとばとる
「今日こそそいつは置いて寝てもらう」
すっかり就寝支度を終えた彼女に膝をつめて物申す。
「やだ」
彼女が胸に抱きかかえているのは、水色とピンクのパステルカラーが特徴的な小さなテディベア。十年ほどの付き合いがあるらしく、同棲し始めてからも彼は片時も彼女のそばを離れない。
別にぬいぐるみを大事にしてることは問題じゃない。大切なものは人それぞれで、それは尊重したい。かわいいのがかわいいのを抱えてる姿はかわいいし。
ただ、眠るときはベッドに限りなく近くにある小棚に置くとか、それだけでいい。ベッドのなかで俺と彼女の間にクマを入れないでほしいというお願いだ。
そうやって俺が訴えていると、彼女は手放すことはしないでも、寝始めは俺と反対側にクマを抱いて寝てくれる。でも、彼女は寝てるとだんだん俺の方に向いてくるから抱きかかえられたクマと俺がちょうど対面してしまうのだ。だからやっぱりベッドに持ち込まないでほしい。
「なあ、頼むよ。そいつが毎晩、俺に勝ち誇ってくるんだよ……」
「どういう状況?」
「『おまえよりクマのほうが大事にされてるんだぜハッハッハッ』ってド低音ボイスで囁かれる俺の身にもなってくれ」
「しゅがーちゃんがド低音ボイスなわけないじゃん! そもそも」
あのさあ、と彼女は目を細める。
「ぬいぐるみが喋るわけないでしょ!」
そこを突かれると痛い。ぬいぐるみのしゅがーちゃんを大事にしている彼女よりよっぽどメルヘンチックな発言をしている自覚はある。でも、俺そろそろ耐えられない。
「なあ、今日だけ、いいだろ?」
「この子がいないと寝れないの知ってるでしょ? ね、明日も早いから、おやすみ」
彼女が本格的に寝る体勢になってしまう。そのまますうっと流れるように寝息をたてはじめた。寝つきがいいのはいいことだ。これもしゅがーちゃんのおかげなのだろう。
ついにクマとふたりきりになる時間がきてしまった。
『ふん、残念だったなボウズ。今日も嬢ちゃんの一番はクマらしい』
彼女が起きている間はいっさい声を発さないぬいぐるみが、口をひらいた。実際に口は動いていないが、にまにまと勝ち誇っている表情がありありとみえた。
『ボウズもさっさと寝るんだな、ハッハッハッ。クマは嬢ちゃんの温かい腕の中で楽しむことにするよ』
くそう、今日もダメだった。仕方なく、彼女とクマの横に寝転がる。彼女との思い出を語るクマの低音ボイスをBGMだと自分に言い聞かせ、明日こそ彼女を説得しようと誓う。
しゅがーちゃんの一人称が「クマ」なのも、こんなかわいいメルヘンな見た目で葉巻を加えたドンのような喋り方をするというのも、彼女が信じてくれたことはまだないけれど。
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