第10話 The secound request

新しい依頼者が今日もやってくる予定だ。


彼との恋愛についての相談らしい。

さて、どんなお悩みかな・・・。

_____


いつものように扉の向こうから階段を下りてくる音が聞こえてくる。

(ギーッ)

木製扉が声を出しながら開く・・・。


「あの、初めまして。本日、相談の予約をしていました高野みやびと言います。本日は宜しくお願い致します。」


「初めまして、私はDAVIDと言います。こちらにいるのがアシスタントのJACKです。こちらこそどうぞ宜しくお願い致します。」


「では、まず始めにこちらにある用紙に出来る限りで良いので、高野さんの情報とお悩みをお書きください。それを参考にしながら相談を行って参ります。また、こちらで話す事全てが守秘義務となりますので宜しくお願い致します。」


毎回淡々と進める恒例の儀式のようなもの。


「はい、絶対に秘密に致します。こちらに書き込めば良いのですね?」


「はい、宜しくお願い致します。」


高野さんは30代半ばくらいに見える大人しそうな女性。艶の無い背中まである長さの黒髪のロングヘアには少しだけ癖があるように見える。手入れはあまり行き届いていないようだ。ストレスにより女性ホルモンのバランスが崩れると髪の毛にも表れてくるようだ。



_____


高野みやび 33歳。

住所〇〇〇_____

電話〇〇___

家族構成 独身 一人暮らし

職業 某大手会社員


■本日の相談内容


マッチングアプリで出会った彼とお付き合いをする事になり1年が過ぎました。

当初はとても優しく、私の仕事の都合に合わせて彼の方から会いに来てくれたりしましたが、最近ではこちらから連絡を取るのが難しくなり、相手からの一方的な約束ばかりとなりました。彼がこれから自分で会社を立ち上げようとしていまして、かなり忙しいようなんですが、私も彼にお願いされて資金の出資を致しました。自分の年齢的にも彼との結婚を視野に入れてましたので、彼のサポートと思い生活面に至るまで出来る所はしたいと思っていましたが、少しだけ将来について不安になってきました。私の性格上、直接相手に聞く事が出来ず、日を追う毎に精神的にも疲れ果ててしまい、今後どうしていくのが良いのか、自分では全く分かりません。

だらだらとこの状況を続ける事に不安を感じています。どのようにすればよいか、客観的に教えて頂きたいです。

何か良いアイデアがあればお伺いしたいと思っています。どうぞ宜しくお願い致します。


____


高野さんは書き終えると静かにペンを置き、こちらに書いた用紙を手渡してくれた。

それをゆっくりと読み始めるDAVIDさん。

横から一緒に読んでいると最近よくある事だよな、と感じる。

以前と違いネットでの出会いが主流となった今、表に出てくる数はまだそこまで多くは無いが、同じような案件は沢山あるはずだ。

___そう、氷山の一角___

男性女性共に被害者は沢山いると思うが、人間の弱い所に付け込んだ”詐欺”なのかな?と自分の中では感じてしまう。


「有難うございます。高野さん、今読んでみて思うのは今後ご自身がどうしたら良いのか?というのがまるっきり分からないという事でよろしいでしょうか?あるいは彼とはもう別れたいという事なのでしょうか?その辺を詳しくお聞きしても宜しいでしょうか?」


確かに、こういう事って良くある話だけど最終的にどうしたいのかが自分でもはっきりと分かっていない場合が多いからな。

DAVIDさんに同じく、僕も気になる所だ。


「はい、自分の中でも・・・あやふやで。勿論彼に嘘が無ければ結婚したいと思っていますが、どう対処していいかも分からず・・・それと彼の本心も今は分からなくなっています。」


「かしこまりました。良くある話ですよね。不安になるのも当然です。皆さんそれぞれの人生ですからね。でも今からする質問に高野さんが答えていくうちに核の部分が見えてくるかもしれません。若干踏み込んだ質問もするかもしれませんがよろしいですかね?」


「はい、大丈夫です。宜しくお願いします。」


DAVIDさんの核心に迫る質問が始まるぞ・・・。


「まず最初に、その方の事は好きなんでしょうか?その感情は”ラブ”なのか”ライク”なのか分かりますか?」


「はい、”ラブ”の方の”好き”なのだと思います。」


「では、今後そのお付き合いを続けたいのか終わらせたいのか?」


「難しい質問ですが、不安で離れた方が良いのかな?と何度も思いましたが、彼がいなくなった時の事を想像するとこのまま続けていきたいのだと思います。やはり彼を失うのが怖いのと同時に、彼の本心を知りたいと思っている自分がいるのだと思います。・・・好きだからこそ悩んでいるのかもしれません。」


「分かりました。質問しているうちに自分の本当の気持ちに向き合えますので、その時に思った事をなんでも話してくださいね。それでは、出資したお金は取り戻したいですか?」


「最終的に結婚するなら戻らなくても良いと思っていますが、そうならないのであれば返してもらいたいと思っています。」


「では、今の感情を言葉にするなら次のうちのどれですか?愛している、楽しい、憎しみ、苦しい、悲しい、許せない。」


「そうなんですよね。その感情が本当に自分でも分からなくて。でも今考えてみると、一番近いのが”苦しい”なのかもしれません。どっちつかずの状態が不安で、自分がこれからどう行動していけば良いのか・・・、それさえ分かれば今の苦しい気持ちも無くなるかもしれません。このままだとこの先どうなるのかな?ばかり考えてしまいます。そう考えている間にも年は取りますし。」


このDAVIDさんのあみだくじ的な心理操作は毎回聞いていて面白い。

人間は悩むと大きく考えすぎて中心的なその悩みのコアな部分を見れなくなる。

DAVIDさんはそのコアな部分を相手に気付かせようとする・・・そしてそれを心から知りたいと強く思わせる事でギリギリの対策を考えるのだ。本当に勉強になる。


「今、高野さんからお伺いした話を整理して、私が改めて高野さんの心理をお返しします。一番には高野さんは別れたくはないんだと思います。ただ、自分の中のゴールが結婚になっている為に、それがいつなのか?を本当は知りたいのだと思います。それが分かれば現在高野さんが抱えている”苦しみ”はなくなるのだと思いますよ。

彼の方からその辺が聞けていない事からくる不安感なんだと思います。

その上で、高野さんの中で優先順位の高い”結婚”が出来ないのであれば早めに別れて、他の方を探した方が良いのかもしれないと思っているんですよね。でも、万が一別れた後に新しい彼が出来なかったら・・・というのが心のどこかにある為に不安になり、苦しくなるんだと思います。だから、一番の願いはその彼との結婚を望んでいるんだと思いますが、いつ結婚が出来るのか?という事を一番知りたいんだと思います。相手が結婚は出来ないという事なら、別れるなら今しかないという所に辿り着いてきたんだと思いますよ。例えばその先に新しい彼が出来なくても・・・。」


「え?まさしくそうかもしれません。別れたくない、でもこのまま結婚出来ないなら別れて他の方に・・・でもそんな方が現れるのか?・・・。そうですね。言われたまんまの苦しみなのかもしれません。結局は”結婚”という事に縛られていて実際の幸せには目を向けられていないのかもしれません。せっかく掴んだ恋を手放す怖さと・・・その後の自分の人生への不安で、真実を知りたいくせに何も出来ないんですよね・・・きっと。」


さすがだ、DAVIDさんが高野さんの本当に苦しんでいる事を改めて整理して伝える事で悩みの根本部分を明確にした。


「高野さん、今大切なのは現状をきちんと把握する事だと思いますよ。常に先の自分の人生がどうなるか?というのを考えすぎて動けなかったんだと思います。先の事なんて誰にも分かりません。それよりも”今”を楽しまないといけないと思います。その為にも一端、その先の事は考えない事。その上で今の彼の考えをきちんと知る、というのが最善だと思います。いかがですか?」


「あ!確かに・・・。そうですね。別れた後の見えないこれからの人生の部分に一番恐怖心を持っているのかもしれません・・・。うん、そんなの皆さん分かりませんもんね。今の事が分からないのに、その先の事を考えるのはバカかもしれませんね。DAVIDさん、なんだか少し喉に詰まっていたものが取れた気がします。はい、今の彼との事だけをとりあえず知らないと身動き出来ません。どうぞ宜しくお願い致します。」


「良かったです。高野さんにとって今するべき事が見えたなら・・・。それでは改めて当相談所のコースをお伝えします。うちには三つの相談コースがあります。

1 GENTLYコース (優しく)

2 NORMALコース (普通に)

3 DESTRUCTIVELYコース (破壊的に)☆当社おすすめ

そして、高野さんが今の状況を抜けるにはこの3番めのDESTRUCTIVELYコース (破壊的に)しかありませんが、そこには同意可能でしょうか?可能であればこのお話お受けいたしますがいかがですか?」


「はい、お願いします。自分で結果を見いだせないなら最終的には別れてでも彼の本心を知りたいと思います。ネガティブにならずにポジティブに考えていきます。全てお任せします。どうぞ宜しくお願い致します。」


「了解しました。ではJACK!例の書類にもサインをもらってください。」


「はい、DAVIDさん。」


そして、JACKが例の書類を取り出すと、高野さんの前にその用紙を置く。


「これが、今回の相談依頼の申し込み書兼守秘義務書類です。皆さんが同意すると書いてもらう書類になりますので。こちらを読んで納得しましたらサインをお願いします。」


_____


当相談所(甲)「女・闇相談所 (お悩み相談所) ★DAVID★ 」と○○(乙)は、以下について合意したものとする。

また、この合意以降(乙)は全ての執行業務に対して異議を唱えない事を誓います。

最終的な結果がどうあれ、(乙)からの相談に対して実行する事が大切な事であり、どのような結末を迎えるかという事はお約束は致してません。

ただし、業務を行う為に最も必要な事は(乙)の感情の解放であります。

この解放なくして成功は有り得ません。何も怖がる事無く、当相談所の指示に従い(乙)は行動をする事を誓います。

全ての事が終わり次第、お支払いをして頂きますが、それは(乙)の満足度に関係なく支払い義務が生じます。

また今回の依頼に関しての事は(乙)は一切口外しない事を誓います。

万が一(乙)が口外した場合は、当相談所規定による損害賠償を(乙)に対して請求せていただきます。



〇 年 〇 月 〇 日 署名(乙)______________印__

  

         (甲)「女・闇相談所 (お悩み相談所) ★DAVID★ 」  


__________



高野さんは静かにペンを取り書類にサインをする。

今回の仕事はDAVIDさん的には最終的にどうしようとしているのか、今の所僕には全くと言って検討が付かない。

でもそこが毎回楽しい所だ・・・。他人の不幸で楽しむのは申し訳ないが。


その後、僕は高野さんから彼にまつわる情報を聞き、いつものようにメッセージアプリで連絡先を交換する。勿論名前は「女・闇相談所 (お悩み相談所) ★DAVID★ 」ではなく、 「師岡さん」だ。

さあ、材料は揃った。今回はどんな装置を必要とするのだろう。楽しみだ・・・。


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