第7話 決行準備

___金曜日 午前9時45分 山内さんより連絡___


(お早うございます。夫もすでに仕事に行き、先ほど息子も出ていきました。もう家には私一人ですのでお待ちしております。)


(了解しました。準備が出来ましたらまた連絡します。多分10時頃には伺えるかと思います。)


DAVIDさんの方を向き(準備が出来たようですと伝える為に)軽く頭を下げると同じ様にDAVIDさんも僕にニコッとして返してくれた。

僕らは山内さんの家から近くの路上にワゴン車を停めて待機する事に。車の内部には電気機器が沢山あり、色んな装置と連動して外部とのやり取りが出来るようになっている。モニターや集音装置など、ありとあらゆるもの全てだ。この仕事にはなくてはならない当相談所の動く秘密基地と言った方が分かり易いかもしれない。

外から見ると一見、普通のワゴン車にしか見えないようにファミリーカー仕様の外観にしてある為、不審車両に見られる事もほとんど無い。


_______


一通りの装置のチェックも完了すると、DAVIDさんと僕は山内さんの家の更に近くにワゴン車を移動し、その中から様子などを見ながら遠隔操作する事にした。


「DAVIDさん、山内さんもOKらしいので家の中に装置を仕込んできますね。」


「JACK、宜しくお願いしますね。」


「セットしたら音の確認をお願いします。」


「はい、了解。」


僕はいくつかのオリジナル機器の入っている鞄を手に持つと、車から降りて山内さんの家に向かう。住宅街にある二階建ての白い一軒家が山内さんの家だ。

外観からすると、そこまで新しくはないが庭などのお手入れもきちんとされている。

やはり山内さんは真面目な方なんだとそんな様子からも感じ取れた。

他の家の方からも不審がられないように、僕の服装は電気屋さんの格好に身を包んだ。帽子を目深に被り、インターホンを押す。


「はい。」


「電気屋の師岡です。修理に伺いました。」


「はい、お待ちください!」


普段のように振る舞ってもらう約束をしていたが、インターホンから聞こえてくる声からは、想像以上に山内さんも自然に言葉を返してくれているのを感じる。

少しだけ待っていると門扉の向こうの玄関扉が開いた。

ジーパンに薄手のニットを着ている山内さんが玄関から出てくる。

袖から出ている腕が細く、心労から痩せていったのかな?というような感じさえするが、この間会った時よりは幾分元気な表情で顔色も悪くはない。


「お待たせ致しました。今開けますね。」


「とんでもないです。」


やり取りの後、山内さんが門を開ける。


「どうぞ、こちらです。」


「有難うございます。お邪魔します。」


山内さんの背中を追う様に玄関へと向かい、そのまま中へと入る。


(ガチャン・・・。)


「本日は有難うございます。なんだか今のやり取りも緊張しちゃいました。」


「山内さんの振る舞いは本当に自然で驚きましたよ。」


すると僕の耳裏についているマイクからDAVIDさんの声が届く。


(素晴らしいですね。山内さんは。これなら上手くいきそうですね。)


DAVIDさんからの言葉を山内さんに伝えると少しだけ微笑んで喜んでいるのが見て取れた。


「あの、送っておいた部屋の写真はこちらになります。普段はリビングとして使っていて、食事やテレビを見る時などに皆が使う部屋になってます。」


「こちらですね。いつもこんなに綺麗にされているんですか?」


「はい、汚いのが嫌で、掃除が趣味みたいになってますね。」


そう言いながら少しだけ照れる顔を覗かせている。


リビングは20畳位。長方形の部屋で壁際には大画面のテレビが置かれている。その脇には外からの太陽光が程よく当たるように観葉植物が置いてある。

そして3人掛けのソファ、6人用ダイニングテーブルが置かれていた。反対側にはカウンターキッチンがあり、キッチンからはリビングは見渡せるが、リビングからだとキッチンの奥までは見づらいかもしれない。全体的に白い印象の部屋は今の家庭事情とは違い、とても明るく気持ちの良い印象だ。


「それにしても気持ちのいい空間ですね。」


「はい、有難うございます。部屋から庭が見えるのが好きで。そこで大好きな園芸をやったりするんです。」


「良いですね。緑があるって。」


この部屋から庭をぼんやりと見ている山内さんの姿がなんとなく想像出来た・・・。


____よし、これで全体的なリビングの事情は把握した。


「それでは山内さん、椅子に座ってもらっても良いでしょうか?先に僕が作ったフェイクスキンのスピーカーマイクを耳の後ろに取り付けますね。」


「はい、でも、耳の後ろなんかに付けて気付かれないでしょうか?」


「そう思いますよね?大丈夫です。そこが僕の腕の見せ所なんです。」


僕は山内さんを椅子に腰掛けてもらうよう促し、耳後ろの所の油分をキレイに取り除く。人体から出る油分が残っているときちんと装置が付かない事もある為、前処理は念入りだ。

そして持ってきた鞄から装置を取り出す。

電気屋の格好をしている男が奥様の耳の後ろを拭いている絵は、知らない人からしたら怪しい行動にしか見えないだろう。

その後、拭き取った部分が乾いたのを確認し、特殊な”のり”を使ってその装置を貼り付ける。最後に剥がれないように端部を密着させて更に肌と馴染ませて完了。


「山内さん、取り付けましたよ。今、鏡をお渡ししますので確認してみてください。」


山内さんは手鏡を僕から受け取ると、自分の耳の後ろに取り付けられた装置を確認する。


「え?凄いです!自分で貼られていた部分を見ても分かりませんね!これがフェイクスキンなんですか?しかもスピーカーマイクも中に付いているんですか!本当に驚きです。JACKさんって凄いんですね!思っていた以上の技ですね。」


山内さんと出会ってから、今が一番大きな声で話してくれた。それくらい驚いてくれたのがとても嬉しい。技術屋ならではの喜びだ。


「有難うございます。これが僕の仕事なんです。でも驚くにはまだ早いですよ。これから演じるのも良い結果を出すのも山内さん自身なんですからね。」


「はい、頑張ります。もう覚悟はしています。」


「今度は部屋にカメレオンスピーカーマイクを設置しますので暫くお待ちください。」


「へー、カメレオンスピーカー?面白い名前ですね。」


山内さんが不思議そうにこちらの手元を見ている。

設置している装置に興味が沸いたらしい。今から女優になるというのにかなりリラックスしている。


「こうやって、山内さんから送ってもらった写真の中にあるものに色などを合わせて作りました。よくテレビなんかで盗撮や隠しマイクの番組とかありますよね?ああいうのとは違って本当にその家の風景の一部として紛れ込むように作り上げているんです。だから素人には見つけられません・・・。ほら、こんな感じで。」


「凄い!近くで見ていたのに付けた場所が分からない位馴染んでいますね!頭が良いんですねー。息子もJACKさんみたいなら良かったです。」


「いやいや、これからの山内さんの力で息子さんも変わるかもしれません。復讐のような感じにもなるし、再生にもなるかもしれません。今からのシナリオはDAVIDさん、そして山内さんが作り上げていきます・・・、よしこれで設置完了しました。今からマイクテストしますので、もう暫くお付き合いください。」


「はい、全然大丈夫です。宜しくお願い致します。」


(DAVIDさん、では全部の装置のスイッチを入れます。宜しくお願いします。)


(了解、では、山内さんに何か話してもらってください。)


(了解しました。)


「では山内さん、何か話してもらえますか?今DAVIDさんと繋がっています。」


「あ、はい。もう耳の後ろの装置が繋がっているんですか?」


(どうも、DAVIDです。山内さんのお話した言葉がこちらに聞こえました。山内さんも私の声が聞こえてますか?)


(はい、聞こえてます!物凄くクリアーに。真横に立ってお話しされているかのように聞こえます。)


(では今、私が話している事がJACKに聞こえているか確認してみてください。)


(はい、確認してみます。)


「JACKさん、今DAVIDさんから私への伝達は聞こえましたか?」


「いえ、まるっきり聞こえませんでした。山内さんの独り言だけ私には聞こえてます。」


「え?本当にですか?耳の後ろから聞こえているDAVIDさんの声は全く外には漏れないんでしょうか?」


「はい、そうなんです、それが僕の仕事なんです。」


(山内さん、JACKは本当に凄いんです。これで分かりましたよね。うちの相談所は絶対に相手にばれない様に仕事を遂行していきます。安心してください。)


「本当に何から何まで驚く事ばかりです。昨日から不安でしたが一気に不安が消えました。」


山内さんの顔色がどんどんと明るくなる。これでスタンバイ完了・・・じゃなかった。


(DAVIDさん、マイク切り替えました。JACKです。今度はそちらから僕が用意していた音源がありますので鳴らしてもらって良いでしょうか?”山内・音源”と書いてあります。)


(了解。それじゃあ押しますね。)


「ガシャン!!!パリン!!」


その瞬間物凄い音でガラスが割れる音などが部屋中に響き渡った。

聞いていた山内さんもびっくりしてしゃがみ込む。


「え?何か割れたんですか!!」


山内さんが驚いてこちらに尋ねてくる。


「いえ、何も割れていないですよ。カメレオンスピーカーから出した音なんです。とてもリアルに聞こえますよね?」


「はい、家の中のガラスが割れたのだとばかり・・・。」


「当日も、この音がかなり鳴りますのでその際はまるっきり動揺しないでもらっても大丈夫ですか?とにかくどんな音が鳴っても冷静にしていてください。宜しくお願い致します。」


「かしこまりました。もう何があっても冷静にやります。」


(DAVIDさん、全てのマイクやスピーカーを繋げますね。)


(はい、了解。今三人とも音声聞こえてますよね?)


「はい、私も聞こえてます。凄いですね。真横で皆さんが話しかけているような感じに聞こえます!」


(それでは最後に山内さんに作戦をお伝えします。当日息子さんやご主人と向き合った際にはこちらから話す事をこの装置でお伝えします。その際に間髪入れずに、自分の意志で話しているように直ぐに復唱して下さい。そして感情を込めて話す事が大事です。何も恐れず、私の伝えた言葉を直ぐに感情を込めて息子さん達にぶつけてください。その後、相手からの返事により私の方でまた返す言葉をお伝えします。全てこちらの言った通りにしてください。)


「はい、かしこまりました。お伺いした言葉を感情を込めて話せば良いのですね?」


(大丈夫です。今の山内さんなら絶対にやれますので、自信を持ってください。)


「了解しました。」


(それでは、DAVIDさん、僕もそちらに戻ります。)


「では山内さん、僕も外の車でDAVIDさんと待機していますので時が来るまでリラックスしていてください。大丈夫です。僕らが付いてますので。」


さあ、いよいよ準備は整った。

この待っている時間も楽しくて仕方がない・・・。




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