第一・五章 大学生デビュー! 恋に青春に真っ盛りですか?④
澄みきった青い空、生い茂る緑、漆喰壁が美しい一戸建て。
山上に建てられている建物なだけあり、通り過ぎる涼風が心地いい。
「すごい! こんなところにタダで泊まれて、しかもちょっと本を片付けるだけで、アルバイト代まで出るなんて! しかも教授は同行しないっていうしっ!」
目の前の少女――円香は前方に駆け出して、きゃっきゃと騒いでいる。部長も前向いて歩けよ、と小言を呟きながらも、楽し気な様子を隠しきれていない。
それもそのはず、こんな雄大な景色を見て心動かない人なんているのだろうか。
厳院先生の一家に代々受け継がれているらしい別荘は、遠目から見ても立派な建物で、こんな豪邸に泊まれることなんて一生ないかもしれない。
「近くにいる親戚の方が、朝昼晩の食事を面倒見てくださるらしいよ。だから、私たちがやるのは掃除と執筆だけでいいって」
すみれ先輩は、優雅に日傘を差しながらそう言った。
「いやー、ホントに好条件すぎて怖いぐらいだよ。厳院先生もたまにはいいとこあるもんだ!」
部長も心なしか速足で歩く。
一行の浮かれた雰囲気は、建物が近づけば近づくほど――。
「あれ、って……」
松の木を主木にした庭が美しい、和洋折衷の平屋。その隣にぽつんと小さな一軒家があった。
小さいながらも庭もあり、さぞ綺麗な建物だったのだと思われる。
が、ポストには郵便物が溜まりまくり、庭は生い茂る雑草の中にひっそりと紅葉がみえる。中の様子はよく分からないが、外の様子から察するに、整理整頓されているとはとても思えない。
一行の足取りは少しずつ重みが増していき、部長と円香はちらちらとすみれ先輩のほうを覗き見る。
その顔つきが先ほどと何も変わっていないのを見て、全て承知だったんだな! と悟った。
ぴんぼーん。
すみれ先輩が日本家屋のインターホンを押す。
「はじめまして。厳院先生にいつも顧問をしていただいている、文学サークルの香月すみれです。掃除のアルバイトとして、私含む4人で来ました」
ばたばた、がらがらと音を立てて、少しふっくらとした人の好さそうな中年女性が顔を出した。
「聞いてますよ。あの半年放置の屋敷を、掃除してくれる子たちがくるって。あのバカ、私たちは学問が分かってないからって、部屋の中は掃除するなって言うんですよ。そんなあの人が掃除を任せたい、っていう学生がいるなんて」
「はんとしほうち、そうじ……」と小声で円香。
「さあ、入って入って! まずは昼食を食べて英気を養ってもらわなきゃ! お昼はすき焼きですよ」
和牛を惜しげもなく鍋に投入しながら、女性はまるでマシンガンのように話し続けた。麻琴たちはとろけるような肉と、甘辛く味付けされた長ネギを頬張りながら話を聞く。
女性は法子さんという名前であること。先生の妹であること。教授は長期休みに執筆に集中するため、実家の近くに別荘を建てたこと。だがここ半年は帰ってきておらず、結果として荒れ放題になってしまったこと(余談だが、教授職は意外と儲からないことも)。
「基本的に要らないものは、この袋に入れておいて。できれば、消耗品とそれ以外は分けてくれると助かるね。一応、消耗品以外は、捨てて問題ないか見ておきたいからさ」
法子さんは、別荘の鍵をすみれ先輩に渡しながらそう言った。
「いいんですか、俺らに鍵まで渡してしまって」
部長が、なんだか申し訳なさそうに問いかける。
「いいんだよ、どうせ碌なもんはないさ。あの人はうちで一番の守銭奴だからね。盗まれて困るようなもんは家にしまってる」
タンス預金なんてあったら、盗んじまいな、と法子さんは笑った。清々しい人だなと、麻琴は思ったのだった。
「すみれ、お前なあ……」
家を出て、真っ先に部長の口から出た言葉だった。法子さんに借りた掃除道具を両手に抱え、がっくりと肩を落とす。
「あはは。でも掃除が終わったら、執筆のために自由に使っていいって言われてるし。それに、法子さんの家で寝泊まりできて、食事は豪華だし、風呂は近くの温泉だよ? 最高の環境じゃない?」
悪びれもなくそう言い放つすみれ先輩に対して、麻琴以外は何か言いたげな顔をしていた。ただ、今まで生きていた中で一番うまいすき焼きをたらふく食べたので、歯切れよく抗議の声も上げられない。
「確かに! 執筆はかどりそうでいいですね」
麻琴はこんなことを言い出すのだから、困ったものである。
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