死刑執行人
オルグイユ家は死刑執行人の家系だ。
この家に生まれた者は幼い頃から医学について学び、やがて死刑執行人兼拷問官としての役職を世襲する。
先代が死刑を受けた者の遺族の手により暗殺された為、息子のスワイプが彼女の跡を継いだ。
彼は今、手帳に目を通していた。
これはスワイプが死刑台に登らせた者達の名前のリストだ。
何ページにも渡り、名前がずらりと並んでいる。
オルグイユ家に生まれた者の証である血溜まりのような光の無い目が揺れた。
「スワイプ」
彼の様子を見ていた少女が声をかける。
彼女の名はアルカ。
奴隷として売られている所を見ていたスワイプにより買われ、今は彼の補佐や家事などを行なっている。
セピアの髪と瞳を持つ、まだ幼さを顔に残した美しい少女だが、彼女の過去は凄惨なものだ。
今は化粧と死刑執行人としての正装である黒いドレスで隠しているが、彼女の体には数多のアザが残されていた。
前の主人に暴力を振るわれていたのだ。
スワイプは手帳を閉じ机の上に置く。
「またその手帳を見ていたの?」
「えぇ。……死刑にかけられるほどの悪人とはいえ、彼らは尊重されるべき1人の人間。我々は彼らに最期まで敬意を払わなければなりません」
これは母からの教えであった。
手帳に死刑囚の名前を記しているのも、母の教えを守る為だ。
「過去の死刑を振り返っても辛くなるだけよ。現に貴方は傷だらけ」
アルカは椅子に腰掛けているスワイプと向かい合うように彼の膝の上に乗った。
そして、彼の左頬にケロイドとして残る傷跡を指でなぞる。
「頬も、手足も、全部貴方が自分で傷付けたのでしょう? ……どうしてこんな事をしてしまうの」
アルカは決して主人を咎めている訳ではない。
その声色には、母のような何でも包み込みそうな優しさが宿る。
スワイプとアルカは正反対だ。
一方的に暴力を受けた過去を傷として残すアルカ。
現在進行形で自らの体に傷を刻むスワイプ。
唯一、互いに傷だらけである事が共通していた。
「アルカさん。貴女は脳内麻薬というものを知っていますか?」
スワイプは淡々と話し続ける。
「傷を負うと、痛みを軽減させる為に脳内麻薬が分泌されるのです。……褒められる事では決してありませんが、こうして自分の体を傷付けると一時的に気持ちが落ち着くのです」
「不思議ね……体を傷付けると気分が落ち着くなんて」
「一応精神安定剤も飲んでいるのですが……それでも突然、かつて手にかけた死刑囚の囁きが聞こえて、自分を罰したくなる」
「ねぇ……」とアルカはどこか寂しげな声色で。
「私じゃ力不足なの? 私じゃ貴方の心の支えになれないの?」
「貴女はーー」
スワイプの口を塞ぐように、アルカは彼と唇を重ねる。
ひとまわりも年齢の違う彼らの接吻は、官能的で背徳的。
スワイプは彼女を突き離さない。かと言って彼女の背に手を回す事もしない。
まるで彼女の夜のおもちゃだ。
ようやく満足したのか、頬を紅潮させたアルカはスワイプを解放した。
「……決して貴女が支えになっていない訳ではありません。ただ、頼る物が多い方が良いというだけです。……貴女は仕事も家事も、私の身の回りの事もよくやってくれています。貴女がいらないなんて、そんな訳ありませんよ」
と、スワイプは子供を宥めるようにアルカの頭を撫でた。
「……さて、そろそろ仕事に向かわなければなりません」
アルカはスワイプから降り、スワイプも椅子から立ち上がる。
「私を手伝ってくれますね、アルカさん?」
「えぇ、もちろん」
アルカはスワイプの腕に手を回した。
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