1-2
しかし、しばらく経っても何も起こらない。
(……あれ?)
不思議に思い恐る恐る目を開くと、銀色の狼は襲いかかってくる様子もなく、真宙の目の前で鎮座していた。
(…攻撃してこない?この狼、もしかして…)
「俺を、助けてくれた……のか?」
真宙が訊ねると、銀狼は何も応えなかったが、真宙をじっと見つめていた。その金色の瞳からは敵意や殺意が感じられず、むしろ慈しみや優しさを感じた。
(た、助かったぁ〜!!)
ようやく恐怖から解放された安堵から、思わず涙ぐんでしまった。
そんな真宙を見た銀狼は、ふと何かを思い付いたように立ち上がると、こつんと真宙の額に自分の額を軽く合わせた。
真宙には銀狼の考えが分からずされるがままになっていると、額からほんのりと暖かく優しい何かが真宙の中に流れ込んできた。
(なんだろう、コレ……全然怖くない。)
さっきまで真宙を支配していた恐怖を取り除き、不安と緊張で冷え切った身体をゆっくりと温めていく。
不思議と心地良さを感じた真宙がそのまま身を委ねていると、ふと銀狼と目が合った。その目はやはり優しげで、怖くないよと伝えられている気がして真宙は心が安らいだ。
しばらくそうしていると、それが全身に行き渡ったかのように感じた。
それを察したかのように銀狼が真宙から離れた途端、心做しか名残り惜しい気持ちになっていることに気付いた。
(あ……)
思わず真宙が銀狼を見つめていると、銀狼は首を傾げながら真宙の顔を覗き込んできた。
『怪我はないか?』
「あぁ、うん。ありがとう……って、え?」
突然聞こえてきた聞き覚えのない声に、真宙は驚いて周囲を見回すが、真宙と狼以外は誰もいない。
反射的に応えてしまったが、今の声はまさか…?真宙が困惑していると、銀狼は『あぁ』と納得したように頷いた。
『我の声が聞こえるようになって驚いているのだな。』
どうやら声の主は、目の前の銀狼で間違いないらしい。真宙は銀狼を指差しながら、おずおずと口を開いた。
「やっぱり貴方が話しかけてる…んですか?」
『そうだ。』
「え、ええぇ!!?」
真宙の問い掛けに、銀狼が肯定するように大きく頷いたのを見て、真宙は驚きのあまり叫んでしまった。
『なんだ。そのように驚くことか?』
「いや…えっと、狼が話すなんて聞いたことがなかったから…」
狼が人の言葉を話すなんて、そんなファンタジー小説みたいなこと……と思っていると、それを聞いた銀狼は少しムッとした表情を浮かべ、真宙に向かって身を乗り出した。
大きな鼻が眼前に迫り、思わずビクッと身体が強張ったが、銀狼は気にせず鼻先を近づけてきた。
『当たり前だ。我はただの狼ではなく、フェンリルなのだから。』
(フェンリル!?フェンリルだって!?)
狼の返答を聞いた真宙は、今度は心の中で思わず叫んでしまった。
フェンリルとは、北欧神話に登場する狼の姿をした神獣だ。狼の姿から神格化したと言われており、神を喰らったり倒したりと大暴れしていたり、“神殺し”なんて物騒な二つ名まで付いていた。
そのフェンリルが何故こんな森の中に……?そもそもここは本当に日本なのか?
真宙は信じられない気持ちでいっぱいだったが、目の前の彼の雰囲気からして、嘘を言っているようには見えなかった。
『話すというのは少し語弊があるな。これは我の“
“
(これはもしかして……僕は、異世界に来てしまった…?)
そう考えれば、この狼が人の言葉を話すのも、自分が襲われかけた黒い獣たちのことも、こんな森の中に自分がいるのも納得がいく。ここが異世界であることを裏付けるには十分だった。
しかしそうなると疑問なのは、何故真宙はこの世界に来てしまったのかということだ。
真宙は今までに読んだことのある異世界転移系の小説をいろいろ思い出していた。
大体こういった場合、誰かに召喚されたり、何かしらの事故に遭ったりして、主人公は別の世界にやってきていたはずだ。近年の小説の中でよくあるパターンである。
そういった心当たりはなかったが、今自分に起きたことを考えみるに、現実世界では有り得ないことばかりだ。
(確かめなくては……)
真宙が考えに耽ていると、フェンリルは不思議そうに首を傾げ、真宙の膝の上に両前足を置き、身を乗り出してきた。
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