友人と異世界転移したら、俺だけ××年前に召喚されました。@タイトル未定
夜櫃 ひつぎ
1-1
───今自分に起こっている出来事は、果たして現実なのだろうか。
禍々しいほどに赤い空が微かに照らす仄暗い森の中を、
後方から聞こえる複数の獣の足音に、追い付かれてしまわぬように、ひたすら足を動かした。
(死にたくない、死にたくないっ!)
息が切れても、足がもつれて転びそうになっても、走る事を止めなかった。走っていなければ、背後から迫る恐怖に飲み込まれてしまいそうだった。
(…どうして、こんなことになったんだろう。)
真宙が生まれてからの十数年を振り返るように、走馬灯が駆け巡った。
ただ平和な日常を過ごしていただけだった。
日本で生まれ育ち、決して裕福な家庭ではなかったが家族に恵まれ、優しく頼もしい友人たちにも恵まれ、幸せな人生を歩んでいたはずだった。
なのに、気が付けば見知らぬ森に迷い込み、命の危険に晒されている。
(どうしてこんな事に……!)
決して答えの返って来ない質問を心の中で繰り返し、ひたすら足を動かしていた。
次第に肺は悲鳴を上げ、心臓は過度な運動に抗議するように激しく脈打っていた。
手足は鉛のように重くなり、痛みで足を止めてしまいそうになった。しかし止まったら最後、あの獣たちに捕まってしまうのだろうと理解していた真宙は歯を食い縛り、足が縺れて転びそうになりながらも走り続けた。
(なんだよ!なんなんだ、アレは!)
闇に紛れる黒い毛並みを逆立たせた獣は、眼を血走らせ殺気に満ちていた。
それも、一匹や二匹ではない。十匹は優に越える数の群れが、赤い瞳で真宙を追い掛けていた。
───逃げなければ死ぬと、本能が警鐘を鳴らしている。飢えた獣は、真宙を獲物として認識していた。
「ぅぐっ!!!」
獣たちに気を向けていたせいで、真宙は目の前の木に気付けなかった。真宙は木の幹に顔面から衝突してしまい、衝撃でその場に倒れ込んでしまう。
鼻が痛い。だが、そんな痛みに構っていられないほど、背後から感じる獣の気配に恐怖した真宙を絶望が襲う。
痛みで顔を歪めながらすぐに立ち上がりまた走ろうとするも、今度は足がもつれてしまい、その場に尻餅をついてしまった。
生い茂る枯れ木が風に揺れてざわめき、必死になっている真宙を嗤っているように聞こえた。
(誰か……誰でもいい、助けて!)
しかしこんな場所に人が都合良く居るはずがないと頭では理解していた。それでも願わずにはいられなかった。
(父さん……母さん……!)
真宙の脳裏に家族の顔を思い浮かんだ瞬間、真宙を襲っていた獣たちに、真宙よりも獣たちよりももっと大きな影が木々の間から飛び出してきた。
『グゥルル……』
影は唸り声を上げながら、真宙と獣たちの間に割って入った。
(…犬?いや、狼?)
それは真宙の知っている狼とは違っていた。
その姿はまるで狼のようだが、狼よりも二回りほど大きく、その体毛は雪のように青白く、瞳は玲瓏と輝く月のような金色だった。
何処か神秘的で、見惚れてしまいそうになるほど美しいが、狼よりも二回りほど大きく、鋭い牙は容易に人の骨をも噛み砕いてしまいそうであった。
獣たちは突然現れた、自分たちよりも数倍は大きな銀狼に怯み、果敢にもその巨体に挑もうと飛び掛かった。
だが銀色の狼は向かって来る獣の攻撃を、その巨体から考えられないような素早い動きで、ひらりひらりと掻い潜ると、真宙のすぐ目の前に降り立った。
(っ!?)
銀色の狼は、真宙を一瞥すると凄まじい咆哮を上げた。辺りの空気を震撼させ、まるで怒りを表すかのように天と地を震わせた。
その瞬間、銀色の狼の足元が凍り付き初め、真宙の足元まで氷漬けになる。
(な、なんだこれ!?)
真宙が驚いている間にも銀狼は天に向かって、再び咆哮を上げた。すると今度は氷の槍が無数に現れ、獣たち目掛けて降り注いだ。
獣たちはその氷柱を必死に避けるが、避けきれず氷柱に貫かれた獣たちは次々と絶命していった。
そのままパタリと倒れ、ピクリとも動かなくなった仲間を見た獣たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
真宙はただただその様子を呆然と眺めているだけだったが、自分が九死に一生を得たことだけは理解できた。
(助けてくれた、のか…?)
獣たちがいなくなったのをつまらなさそうに確認した後、銀狼は座り込んだままの真宙の方を振り向いた。
(───っ!?)
振り返った銀色の狼と目が合った瞬間、ゾワリと鳥肌が立った。
本能が黒い獣たちの時よりも激しく警鐘が鳴らしていた。逃げろ逃げろと叫ぶ本能とは裏腹に、さっき転んだ時に腰が抜けてしまったのか、立ち上がることができない。
(死にたくないっ!死にたくないっ!)
次は自分が黒い獣たちのようにされるのではと恐怖に慄き、なんとか逃げようともがくが、全然力が入らず腰も立たない。
(喰われるっ!)
死を覚悟した真宙は思わず目を瞑り、体を固くしてその時が来るのを待った。
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