17.専属聖女の誕生

 馬車の中から、ひとりの少女が転がり出てきた。紫水晶の瞳が、街道まで迎えに出ていたレミレルーアを捉える。そして真っすぐに、迷いなく、たしかな足取りで、ラベンダーの髪を振り乱して、脇目もふらずに突進してきた。


「レミィイいいいいいいい!」

「ユティ――うっ」

 

 ニュアージュ基地に着いたばかりのユティアーヌは、しかし基地には見向きもせず、レミレルーアの肩をめちゃくちゃに揺さぶってくる。


 湖の魔物の騒動からゆうに七日が過ぎたころのことだった。


「レミィレミィレミィレミィ! ばっかじゃないの!? あたしと似たようなことして腕が動かなくなったんだって!?」

「待ってちょうだい、ユティ。もう動くのよ、ほら」


 魔導騎士が繰り出す突きにも負けぬ勢いで突っこんできたユティアーヌを受けとめ、レミレルーアは包帯を巻いた腕を持ち上げてみせた。ゆっくりとではあるが、指も動かせる。腕が痺れる感覚もある。レミレルーアの腕は着実に回復へと向かっていた。


 しかし、ユティアーヌはお構いなしだった。


「そんなこたどうでもいいのよ! 治るのにこんなに時間がかかる怪我をしてるのが問題だって言ってるの! ばかばかばか! 手紙受けとってびっくりしたんだから!」

「ごめんなさい」


 こうなると、レミレルーアにできるのはひたすら謝ることだけだ。


 しばらくぶりに見たユティアーヌの元気な姿にしみじみする隙も与えられない。しかしその苛烈さがユティアーヌだ。よく似た双子なのに、レミレルーアとは大違いだった。そしてレミレルーアの方が姉にも関わらず、いつもいつもユティアーヌの押しには負けてしまう。


 レミレルーアが一歩退くと、ユティアーヌが一歩詰める。


 ずりずりと後退しながら、レミレルーアは烈火のごとく怒り狂ったユティアーヌの叱責を頭から浴び続けた。あんまり騒ぐので、基地の外にまで野次馬が集まってきている気がするが、気にする暇がない。


「あたしが戻ってくる前に、霧の森をなんとかしようとしたんだって? ばっかじゃないの! しかもベルンハルトが帰ってこないって騒ぎになったとき、自分から連れていってくれって頼みこんだらしいじゃない! ばっかじゃないの! どーぉしておとなしく」

「ちょっと待って、なんて?」


 ユティアーヌの口から、あり得ない情報が飛び出した。


「わ、私は手紙に、ユティを襲った魔物は討伐されて、行方不明だった魔導騎士たちが見つかったとしか書かなかったと思うんだけど」

「レミィの騎士さまがそれとは別に、あたし宛ての手紙を出してくれたのよ」

「わたしの、きし」


 レミレルーアはぱちぱちと目を瞬かせた。

 ぎゅっとシワの寄ったユティアーヌの顔が眼前に迫る。


「そうよ」

「だれのこと?」


 間抜けな声が漏れる。まさかベルンハルトではあるまい。


「だれって……ほら、ちょうど来たじゃない」


 ユティアーヌが、レミレルーアの背後を顎で示す。頭上がふっと陰った。


 ぬん、とレミレルーアの真後ろに立ったのは、真っ白な髪に太陽の明かりを反射して、きらきらと輝かせたセレヴェンスだった。なにを考えているのかわからない、涼やかな顔。

 彼は金の瞳をついと動かして、ユティアーヌに視線を留めたようだった。


「ルーアの妹か」

「わあ、特別な愛称までつけられちゃって……穢れた騎士がレミィの騎士になったって、本当だったのね」

「ちょっと待って!?」


 思わず、といった反射で、レミレルーアは絶叫した。 

 穢れた騎士、という部分を否定する余裕はなかった。


「セレンさまが私の騎士!?」

「レミィがセレヴェンス・グラディオールの聖女である、とも言い換えられるわ」

「待って待って待って、なんで!?」


 知らない。全然知らない。

 たしかにレミレルーアは、セレヴェンスから「私の聖女にならないか」と誘いをかけられている。答えもとっくに決まっている。しかし、レミレルーアはまだユティアーヌの代理で、ベルンハルトの聖女ということになっている。だから返事をするのは、ユティアーヌが戻ってきてからと決めていた。


 決めていたのに、不思議なことに、すでにレミレルーアがセレヴェンスに色よい返事をしたような話の進みようである。


「セレンさま、私言いましたよね!? お返事はユティが戻ってきてからって……」

「聞いたな。一昨々日だったか」

「覚えてるじゃないですか!」

「当たり前だ。ルーアの一言一句、忘れたことはない」


 ぼん、と音がしそうな勢いで、レミレルーアの頬に熱がのぼった。声にならない悲鳴を上げてから、レミレルーアはくるりとからだを反転させて、セレヴェンスを下から睨みつける。


「勝手にお話勧めたの、セレンさまですよね!? ていうかセレンさましかいませんね!」

「問題ない」

「ありまくりですけど!」

「是と答えるつもりだったのだろう、私の誘いに」

「そ、そ、それは……」


 そうですけど! と叫びそうになるのを、かろうじて呑みこんだ。


 たしかにレミレルーアは、セレヴェンスの専属聖女として契約するつもりだった。

 地泥鳥の巣で助けられてから、思い出のなかの少年がセレヴェンスだと気づいてから、レミレルーアの心で密かに芽吹いた想いがあった。レミレルーアを想う彼の気持ちに触れ、ベルンハルトへの恋心を清算し、たしかにかたちを成したものだった。


 それは、否定しない。

 しかし、それとこれとは別である。


(もう、なにから突っ込めばいいのかわからない……!)


 ユティアーヌはセレヴェンスから手紙を受け取ったと言った。レミレルーアが一連の事件であえて語らなかった部分をユティアーヌが知っているのは、セレヴェンスが漏らしたからだろう。


 そしてその手紙で、レミレルーアとの、あることないことをも吹き込んだに違いない。


(いや、違うかも……ここ最近、ベルンハルトさまとは義務的なやり取りばかりで、セレンさまと過ごすことが多かったから……)


 穢れた魔導騎士を並外れた浄化の力で手懐けた聖女がいる、という噂がニュアージュ基地内で流れはじめていた。なにをどう訂正すればいいかわからず、当事者の片割れであるセレヴェンスがすまし顔で放置しているのもあって、噂は広がるばかりだった。

 それが流れて流れて、ユティアーヌのもとに届いた可能性もある。ここ最近のニュアージュ基地は、人の入れ替わりが激しい。七日という時間を考えれば、あり得なくはない。


 レミレルーアは心のなかで頭を抱えた。


 こてんと首を傾げたセレヴェンスの肩を、絹糸のような髪が流れ落ちる。長い睫毛に覆われた目が瞬いて、奥に潜む金の瞳をちらりちらりと隠す。

 こんなに綺麗で、優しくて、強くて、口下手なところ以外は完璧に近い魔導騎士がレミレルーアを想っているなんて、そしてレミレルーアと両想いだなんて、正直信じられないほどに嬉しい。手放しで喜べる状況であれば間違いなく舞い上がっていた。


 しかし、である。


「ベルンハルトさまとの契約違反になります、問題ですっ」


 そう、これは仕事だ。代理とはいえ、ディミエ家とハルバス家の間ではきちんとした契約が交わされている。だからセレヴェンスの勝手な行動は、相手であるレミレルーアも含めて、お咎めがあるはずで――。


「あら、それなら問題ないわよ」

「ユティ!?」


 向き合うレミレルーアとセレヴェンスの間に、ユティアーヌがからだを押しこんだ。懐から一通の手紙を引っ張り出す。いや、もう一通だ。合わせて二通。


 片方には、レミレルーアやユティアーヌの実家、ディミエ家の家紋が刻まれた印籠。

 もう一通には、セレヴェンスの実家であるグラディオール家の印籠。


 先が読めた気がした。レミレルーアはさっと青ざめる。


「開けちゃうわね」


 ぺりぺりと封筒を開けるユティアーヌを止めることもできず、レミレルーアはただ口を魚のようにはくはくとさせた。


「まぁ、内容はだいたい予想できるわ。うちで両家の話し合いがあったもの……ほらね」


 レミレルーアが読めるように、ユティアーヌが二枚の便せんを顔の前に持ってきた。


「私と、セレンさまの……婚約!?」


 ディミエ家とグラディオール家の間で交わされた約束が、それぞれレミレルーアとセレヴェンスにあてて綴ってあった。


 両家の話は滞りなく済み、レミレルーアとセレヴェンスが婚約……および、専属聖女の契約を結ぶことが決定されたと。


 そしてディミエ家の手紙には「ずば抜けた力を存分に振るって、フリーの聖女としてあちこち飛び回っていたレミレルーアがようやく腰を落ち着けるようで嬉しい。正直嫁ぎ先が見つからないのではと心配していた」と父、カグレスの安堵が。

 グラディオール家の手紙には、「人付き合いが苦手で、任務先でも怖がられてばかりのセレヴェンスの隣に立ってくれる方が見つかって本当によかった」という喜びが、それぞれ記されていた。


「話がまとまったか」

「私、知らないんですけれど!」


 レミレルーアの絶叫も、もう何度目かわからない。そろそろ疲れてきた。まず、こんなに声を張ること自体ほとんどなかったことだ。よくしゃべるレミレルーアだが、よく叫ぶわけではない。


「嫌だったか」

「い、い、いやなんかでは、ないですけど」


 セレヴェンスが傾げた首をもとに戻して、今度は反対側に傾ける。

 本気でわかっていないのか、それともレミレルーアをからかっているのか。わからない。本当に表情が読めなすぎる。


「順序ってものが、あるじゃないですか……?」


 とうとう力尽きて、へろへろの声で呟きをこぼす。対するセレヴェンスの答えが「問題ない」だったものだから、レミレルーアは今度こそ脱力した。


「よろしく頼む、私の聖女」


 俯いてしまったレミレルーアの顎を持ち上げて、セレヴェンスが頬に口づけを落とす。


 レミレルーアは口をわななかせて、彼の手をぎゅっと掴んだ。

 半ば自棄になって、お返しにと背伸びをする。


「よろしく、お願いします」

「……ああ」


 初めて自分の唇で触れたセレヴェンスの頬は、びっくりするくらい熱かった。



――――――――――――――――――――――



ここまでお付き合いありがとうございました!!!代理聖女、これにて完結です!!!よかった!!!!!間に合わないかと思った!!!!!


カクヨムでの初めての投稿、しかもコンテスト締切ギリギリでの急ぎ足の連続投下で、PV0なんてことも覚悟の上だったのですが、思ったよりもたくさんの方に読んでいただけていて、感動するやら震えるやら……PV200超えありがとうございます!!!作品フォロー11もありがとうございます!!!応援♡も、お星さまもありがとうございます!!!一日に三話四話五話と書いては出し書いては出しの自転車操業の中で、ものすごい励みになりました!!楽しんでもらえたら何よりです!!!


最後に!!!完結したので!!!!面白かった度に合わせてどうぞお星さまをぽちっとお願いします!!!感想も!!!!もらえたらハッピーです!!!!ねずみもち月がひっくり返って畳の上を転げまわりながら喜びます。


改めまして、0から17話の、全18話、お読みいただき本当に本当にありがとうございました~~~~!!!またね~~!!

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代理聖女の(仮)想い人~好きな人がいると言ったら、最強騎士様に迫られました~ ねずみもち月 @hisuigetsu

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