第2話 泥田坊

 僕の友人のケウケは物を大事にする。とくに古い物は大切に扱っているのが見ていて分かる。


「君に使われる道具は幸せ者だね」


 彼の家で日本酒を飲みながら、僕が言った。


 ケウケはコップへ酒を注ぎながら、うんと頷く。


「物は大切に扱うべきだ。どんな物でも」

「どんな物でも?」

「コップとか瓶とか、他にも色々だ。形のあるものも、ないものも、小さなものも、多きなものも」

「確かに、良いことを言うね」


 ケウケはちびちびと酒を飲みながら僕を見る。


「君、泥田坊という妖怪をしっているかね?」

「そんな妖怪もいるんだね」

「妖怪、というよりは亡霊と言った方が正しいのかもしれないが、話を聞くかい?」

「あんまり怖い話だったら嫌だよ」

「大丈夫。それほど怖い話ではないはずだ」

「なら聞かせてくれ」

「分かった。話そうじゃないか」


 ケウケは背中を伸ばし、姿勢を正してから泥田坊という妖怪について話しだす。


「昔々、あるところに立派な田んぼを持っている、おじいさんが居たんだ」

「なるほど?」

「このおじいさんは自分の子どものために一生懸命に田を作った」

「じゃあ、今度はその子どもが田んぼを大切にしていくんだね」

「残念ながらそうはならない。おじいさんがなくなった後、子どもは田を放置していた。何か他にやることがあったのかもしれない。あるいは何もしてはいなかったのかもしれない。いずれにせよ、おじいさんの田んぼは大切には扱われなかった」

「悲しいね。他の人に任せる方法なんかもなかったのかな」

「それは分からない。で、妖怪の話はここからだ」

「聞かせてくれ」

「ああ、放置された田んぼから、夜な夜な声がするようになったんだ」

「へえ、そうなんだ」

「どうも田んぼに妖怪がいついているらしくてな。そいつが泥田坊だ」

「その泥田坊という妖怪はなんと言っているんだい?」

「田を返せー、田を返せー、ってな」

「田を返せ? その妖怪ってもしかして」

「ああ、自分の田んぼを大切にして貰えなかった、おじいさんが妖怪になって化けて出たんだ」

「それはなんだか悲しい話だね」

「ああ、悲しい話だ」


 ケウケはコップをそっと置いた。彼はコップの中にある酒を覗いている。


「どんなものにも、誰かの思いが詰まってる。それを作った人だったり、それを使っていた人だったり、だから私はどんなものでも大切にしたいんだ」

「泥田坊を出さないために?」

「そう、泥田坊を出さないために」


 なるほど、ケウケがものを大切に扱うわけが分かった。彼は僕を見ていう。


「どんなものからだって、泥田坊は出てくるかもしれないんだよ」

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