第29話

「…シテ…コロ、シテ…コロシテ…」


ふむ。やり過ぎたようだ。流石に無間地獄(無限紐無しバンジー)は心を折るのにはオーバーキルだったらしい。


風魔法で上空から地面に叩き落とす→修復魔法で治す→時空間魔法で再び上空へ→落とす→治す→上空へ→落とすの無限ループである。


提案したのは俺だが、リルちゃんとミル先輩が手伝ってくれた。…ちなみにこれを提案した際、アルバート様からは


「中々やるなユウカ。心を折る才能があるんだな」


と褒められた。…嬉しくない。


『あら、やり過ぎちゃいましたか』


「やりすぎちゃいました」


ドラゴン形態のミル先輩は首を傾げていた。リルちゃんは真似をして首を傾げている。可愛いので良しとしよう。葛谷?知らない人ですね。そんなハゲの知り合いはいません。


一つ気付いた事があった。クズ野郎な葛谷とはいえ、痛めつけ殺す事に罪悪感や嫌悪感に苛まれるんじゃないか、と覚悟していたのだが、どうやら俺は、自分で思うよりずっと酷薄な性格だったようだ。


痛めつける事に何も感じない。いや、葛谷が苦しむ姿に愉悦さえ感じている。人を殺そうとしているのに、自分でも驚く程冷静だ。


元々の性格なのか、アークデーモンになった影響なのか、あるいは両方か。それは分からないが、自分の性格なんて分かっていないものだなと感じた。


そこでふと、着信がある事に気付く。誰だろう。番号を見て、電話に出るか迷う。


「(君江さんか…)」


葛谷の妻である君江さんからだった。タイミング的におそらく、会社がネット上で炎上した事だろう。誹謗中傷が葛谷の家族にまで広がったのだろうか。


会社の個人情報はSNSによって特定されている。そして、そこには家族も含まれる。俺の復讐で巻き込んでしまったことを申し訳無く思う。


「…はい。相葉です」


「葛谷です。夫の事で相談があるのですが、今お時間よろしいですか?」


「葛谷…いや、大輔さんなら近くにいますよ。変わりましょうか?」


「…では、お願いします」


「葛谷さんお電話ですよ?奥様の君江さんからです」


スピーカー状態にして葛谷に聞かせる。


「…シテ、キミ、エ…?君江!?もしもし!?君江!?」


さっきまで廃人状態だったのに、元気になったな。さて、どうなるか。君江さんが葛谷の事を嫌っているのは知ってる。だが、万が一コイツの心が回復するようなことがあればすぐに電話を切るつもりだ。


「君江!君江無事な「離婚しましょう」…え?」


「あなた、離婚しましょう。慰謝料は結構です。ただし、親権は私が貰います。1週間以内にあなたの私物を処分してください。期日が過ぎた場合、こちらで処分しますので悪しからず」


「それと、子供達に合わせるつもりはありません。ただし、子供達が望むなら許可します」


君江さんの声が響く。感情が抜け落ちたかのような機械的で冷たい声だ。思わずこちらの背中まで寒くなる。


「君江…?な、何を言って…待ってくれ!違う!違うんだ!」


「いいえ、合っています。相葉さんから貴方の事を聞きました。それにSNSで流出した動画や音声を確認しました。…貴方がここまでクズだとは知らなかった。すぐに離婚してください」


「ち、違う、そ、それはアイツの嘘で…それに、ネットに流れたのは、そ、その、そう、指導だよ!つい、指導に熱が入り過ぎたっていうか…」


この期に及んでまだ言い訳を重ねる葛谷。見苦しい奴だ。すると葛谷の言い分に電話の向こうが静かになった。かと思えば


「いい加減にして!全部知っているんですよ!貴方が会社でやっていた事も、浮気の事も!何が指導よ!どう見てもセクハラにパワハラ、暴力に暴言じゃない!よくそんなふざけた事が言えるわね!浮気だけでも子供達を裏切り傷付けたのよ!これ以上、子供達の将来を壊さないで!!」


電話口から怒声が響いた。我慢の限界だったようだ。


「わ、私が、その、悪かった、だから…」


「さようなら。二度と顔を見せないで」


「待って!待ってくれ!離婚は止めてくれ、君江〜!!」


君江さんは一方的に電話を切った。切れた電話に縋り付く葛谷を軽く蹴り飛ばす。


「あらあら、大変ですわね〜。アルバート様、お聞きになって?葛谷さん離婚ですって」


「因果応報だな。今どんな気持ちだ?」


謎のお嬢様口調でアルバート様に話しかける。我ながら口調がウザい。でも楽しいから仕方ない。そしてアルバート様がトドメを刺す。容赦無いがそこがアルバート様の良い所でもある。


「あ、ああ…あああ…!」


「あ、壊れた」


「壊れたな」


「あぁうあぁああぁあうあぁあぁうあぁぁうあぁあぁぁあぁぁあぁあぁ!!!」


どうやら精神崩壊したようだ。やり過ぎた気がするが相変わらず罪悪感は湧かない。俺も何処か壊れているのかも知れない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る