第28話

「いつまで呆けている?」


「ガファ!?え、あ」


アルバート様が葛谷を軽く蹴り飛ばす。葛谷はようやく俺達を見た。目には隠しきれない恐怖が浮かんでいた。


「な、んだ…なんで私が…こんな目に…そうだ…これは…夢…夢なんだ…こんな事…現実なんかじゃ…私は…」


ブツブツと何かを呟いていた。現実逃避かな?


「もう一度蹴ってやろうか?それで現実か夢か分かるだろう?」


「ひっ!や、止めろ、…止めて、くだ、さい」


葛谷は恐怖に顔を歪めながら、懇願する。


「では、復讐を続けようか」


「そ、そんな、復讐って…私は…何も…悪くないし…。そ、そうだ!アイツです!アイツが全部悪いんです!私は何もしていません!い、一緒に捕まえましょう!手伝いますよ!」


「葛谷、貴様ァ!!」


葛谷は、清治を指差す。こいつ、この期に及んで責任転嫁しやがった。というか、そうか。コイツ今、会社がどんな状況になっているかを知らないのか。ならばこの状況は使えるな。


内心ニヤニヤしながら、俺は録音機を取り出す。いざという時の為に録音していたものだ。


『お前は本当に役立たずだな!幼稚園からやり直せよ!』


「え、あ、それは、なん、で」


『邪魔なんだよ、グズが!さっさと屋上から飛び降りろ!』


「あ、ああ、わた、しは…」


『お前生きてる価値あんの?土下座しろよ!お前が息しているだけで迷惑なんだっつうの!』


「聞こえましたかね?まだSNSに流していない葛谷さんの情報ですが。もっとボリューム上げましょうか?」


「ち、違、なん、で、こんなもの、が…」


葛谷は必死に言い訳を探しているようだが、無駄だ。全て記録してある。パワハラも、女性社員に行っていたセクハラも、映像も含めて全て。葛谷は顔面蒼白で既に死にそうだ。まだ、これからだと言うのに。


「葛谷さん。話は変わりますが、確か結婚してお子さんがいらっしゃるんでしたよね?奥様の名前が君江さん。高校一年生の悠翔くんと中学三年生の茉奈ちゃんの四人暮らしでしたっけ?」


葛谷の家族構成についてはもちろん調べてある。家庭内別居で離婚寸前な事も。子ども達がコイツを心底嫌っている事も。ついでにコイツの浮気相手も。


なんとコイツ、中学生の少女と浮気していた事が発覚。しかも、自身の娘である茉奈ちゃんの同級生である。パパ活で知り合ったらしい。趣味をとやかく言うつもりはないが、流石にアウト。茉奈ちゃんはショックのあまり引き籠もりになっているようだ。


ご家族からは、煮るなり焼くなりどうぞご自由に、と言われた。言質は取った。言い訳がましいが、好きにさせて貰おう。


「な、それ、が、なに、…!や、止めてくれ!家族は関係無いだろう!?」


だと言うのに葛谷は家族を守ろうとしている。御立派だな。パパ活で中学生の少女に手を出さなければ、の話だが。


「そんな寂しい事を仰らないで。貴方のご家族なのでしょう?でしたら、ちゃんと背負わないと。良い所も悪い所も、ね?」


わざとらしく、頬に手を当てて首を傾げてみる。意外とこういう演技も楽しい。凄く愉しい。アルバート様はクックックと笑っていた。楽しんで貰えて何よりだ。


「や、止めろ!いや、止めてください…。お願いします…。何でもしますから…」


葛谷は土下座をしている。今までとは立場が逆転した。どうやら、家族に危害を加えると解釈したらしい。実際は家族には手を出すつもりは無いが、そう考えてもらった方が好都合だ。


「ん?今何でもするって言いましたか?」


「何でもします!だから、許して頂けないでしょうか…?」


「では、証明してください。何でもすると、私達に絶対服従だと」


「します!貴方達に服従します!」


「言葉では無く、行動で示してください」


「分かりました!何をすればよろしいでしょうか?」


「そうですね。では」



「先ずは、死ぬ程の苦痛を体験していただきましょうか。ご安心ください。実際死ぬ訳ではありませんので。…今はまだ、ね?うふふ…」



気が付けば何かが変わり始めていた。


『ユウカ』に警告されていた『怪物』が目を覚まそうとしていた。



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