第8話

ボクの妻になってくれ


アルバート様の言葉を聞いて感じたことは、隠していた事への憤りでも、精神的に同性間で夫婦になることへの嫌悪感でもない。


「(あぁやっぱりか…)」


納得だった。また俺は、やってしまったようだ。『アットホームな職場』だの『未経験者歓迎』だの甘い言葉に惑わされて、前の職場に入社した。現実は過酷な労働環境に、存在全て否定してくる上司。自主退職していく同僚。地獄のような場所だった。そしてアルバート様の誘いに乗ったのは紛れもなく俺だ。どうやら俺には学習能力が無いらしい。そうだよな。そんな都合の良い職場なんてないんだ。


物思いに沈む俺をアルバート様はジッと見つめてくる。


「…ユウカ?」


「…何でもありません」


そんな俺に申し訳無さそうにアルバート様は俯く。


「…すまない」


「アルバート様…?」


「ボクの都合ばかりを押し付けてユウカの気持ちを慮ることを忘れていた…。身勝手なのは重々承知している。ユウカにとって何のメリットにもならないのも分かっている。だが、ユウカにしか頼め無いことなんだ。頼む。ボクを、助けて欲しい」


「アルバート様…」


アルバート様が頭を下げる。その表情は、真剣そのもの。今までの横柄な態度が嘘のようだ。


そんな表情しないでくれよ…。反則だろ…。元来頼まれれば、つい、引き受けてしまう性格だ。それで痛い目見たのは、学生時代から何度もある。そんな性格だから、ブラック企業で、扱き使われたんだ。でも


「頭を上げて下さい。アルバート様」


「……」


「そのお話、承知致しました。私で良ければ引き受けましょう」


「ユウカ…。いいのか?」


「はい。アルバート様に拾っていただいた身ですから」


放おっておけるなら最初から助けようとしていない。尊大な態度が上司と重なって、逃げようとしたが、逃げなくて正解だったようだ。


アルバート様に言った言葉は嘘ではない。実際アルバート様に拾ってもらえなかったら、あのまま地獄の職場に居続けたことだろう。そして、精神的にも肉体的にも限界が来ていた筈だ。それを考えればまぁ、婚約ぐらいならどうってことはないだろう。拾われた恩返しといこうじゃないか。


「…ありがとう。ユウカ」


「どういたしまして。これからは妻としてもよろしくお願いしますね」


「勿論だ。ユウカに言った言葉を嘘にはさせない」


世界一幸運だったか。大きく出たな。まぁアルバート様らしいのかもしれないな。


「ちなみに、これからはどうお呼びすればよろしいでしょうか?」


妻(?)になったのでなんか呼び方変えた方がいいのだろうか?旦那様とか?ダーリン?…アルバート様をダーリン呼びする俺を想像して吐き気がしてきた。27にもなってそれはキツイ。中身アラサー男やぞ。


「今まで通りで構わない。ボクもユウカと呼ぶ」


「かしこまりました」


良かった。吐き気を催す邪悪はなかったんだ。


「それでユウカ、聞きたい事があるんだが…」


「はい。何でしょうか?」


「…夫婦って何をすれば良いんだ?」


「…何をすれば良いんでしょうか?」


夫婦…。何だ子作りか?S○Xか?


こうして婚約(?)関係が始まった。








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