第3話 願い

「まぁまぁお茶でも」


 トキはそう言うと、リビングの方に案内してくれた。リビングもテーブルやソファ、床の上は本が山のように積まれていたが、彼は慣れた手つきでそれを避け、キッチンから持ってきたティーポットとカップを置いた。


「あの、助けてくださってありがとうございました。でも私もう行かないと」

「紅茶は好きかな?」

「え、は、はい」

「それはよかった。あ、お茶菓子がないね。ルル、悪いけどクッキーを取ってきてくれないかい?」


 ルルは頷いてキッチンの方へ向かう。その光景を、ただ呆然と見つめるしかできない。


「賢いだろう? ルルは私の自慢の相棒なんだ」


 トキはにこにこ笑顔で話しかけてくる。その笑顔を、どこまで信用していいか分からない。


「そんな所に立ってないで、早く座りなさい」

「私、行かないといけないんです」

「君の姉さんなら無事だよ」


 彼の言葉に、一瞬思考が止まる。


「え?」

「後で案内するよ。座りなさい」


 言われて、頭の中が混乱しながらもトキの向かいに座る。彼はその様子を見ると満足そうにした。そうしてる間に、ルルが帰ってきた。頭の上にクッキーが盛られた皿を乗せている。


「ありがとうルル。さ、どうぞ召し上がれ」


 トキは綺麗な所作でクッキーを食べ始める。私は食べたり飲んだりする気にはなれない。


「姉が無事って、どういうことですか、貴方はいったい」

「君が願ったんじゃないか」

「え」

「君が血を流しながら倒れた日だよ、セイラ。君は私に、姉を助けてくれと言った。だから助けた」


 あの日見た人は、トキだったのか。それにしても分からない。助けた? にわかには信じられない。


「まさか君は、私が何者か知らずに願いを告げたのか?」

「……なにも……あの言葉も、ただ自分が死んでしまうと思って……」


 トキはクッキーを黙々と食べながら、じっとこちらを見ている。そうして溜息をついた。


「なるほど。ではどうする? 願いを訂正するか?」

「は」

「姉を城に戻そうかと聞いている」

「本当に、姉を助けてくれたの……?」

「だからそう言ってる」

「姉は今どこにいるんですか?」

「魔族が住む森だよ」


 魔族。その言葉で確信した。彼はデタラメを言っているのではない。


「姉の方は完全な魔族のようだったからね、混血の君と違って」

「貴方は、ひょっとして……魔法使いの……」

「そうだよ」


 聞いたことがある。なんでも願いを叶えてくれる、恐ろしい魔法使いがいると。


 私は知らず、魔法使いに願いを告げたのだ。

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