三、暗雲の中心へ

 やっぱり嫌な予感って言うか、不穏な感じがするわ。


 紅怜はぶすっとしたまま木刀を振り下ろし、バシッと打ち込み台にしている丸太をたたき込んだ。


 国王軍がやってくるなんて初めての事だし。こんな辺境の村に、わざわざやってくるなんておかしいもん。だから今、村で起きているのは「ただ事じゃない」よね。


 頭では大雑把にしか掴めない事柄も、肌ではビシビシと事の異常が突き刺さっていた。

 だからこそ紅怜の中で不穏が大きく蠢く。


 ……やっぱりアタシも行こうかな。

 紅怜はふううと長々とした息を吐き出しながら、打ち込み台から木刀を退かせた。


 父さんには怒られるだろうけれど……それももの凄く、烈火の如く怒られるだろうけれど。ここで一人悶々と不穏を抱えているよりは、行って怒られた方が良いよね。

 それにやっぱり、アタシの性には合わないよ。

 一人大人しく待つなんてさ、アタシだけ村の皆から外れるなんてさ。


 紅怜は、吐き出した息を取り戻す様に思いきり息を吸い込み始めた。

 そして全てを一息で力強く吐き出してから「よしっ!」と、声を張り上げる。

 高揚したやる気と勇気をみなぎらせ、紅怜は木刀を手にしたままくるりと家に背を向けた。


 ここをまっすぐ進んで行けば、父さんにはしこたま怒られる様になるけど。それでも良い。構わない!

 アタシは行く! 何か少しでも自分に出来る事があるかもしれないし、何か少しでも助けに成れるかもしれないから!


 意気軒昂とした足が、村へと続く一本道を力強く踏みしめる。

 ギュウッと草履の下で砂利が呻き、押し潰された。かと思えば、ダッと力強く跳ね上げられ、次々とどこかへ飛ばされていく。

 右へ、左へ、前へ、後ろへ。彼等は四方に跳ねて転がった。


 しかし紅怜は飛ばされる砂利と違って、前だけに向かって進んで行く。右も、左も、後ろも行かず、まっすぐに駆けていた。

 そしてそんな彼女を応援するかの様に、周りの全てが彼女を「早く村へ」と押し上げていく。


 彼女の足を止めるものは何もなかった。

 ……いや、あるにはあった。

 しかし暗雲が広がる中心へと急ぐ紅怜には、ただその想いだけに駆り立てられている紅怜には、ちっとも相手にされなかったのだった。

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