四、対峙するは……

 丁度、紅怜が走り出した頃。興和村の集会場である広場では、紅怜を除く村人全員がやってきた国王軍の前に座らされていた。


 その一番前、列の中心にデンと座る牙琥は「成程なぁ」と独りごちる様に言ってから、ふうと煙管の紫煙を吐き出す。

「隣町に出稼ぎに行った俺を偶然見かけた軍の若僧が居たとぉ。それを聞いたお前が、秀光の大馬鹿野郎に進言し、あの大馬鹿が俺を恐れてここに軍を派遣したのかぁ」

 アイツは相変わらず肝が小せぇ馬鹿らしいなぁ。と、牙琥は大仰に肩を竦めて言った。


 すると、馬に跨がって対峙し、睥睨している国王軍の将軍・義道ぎどうがピクピクと片眉を吊り上げて言う。

「貴方様と言えども、無礼が過ぎますぞ。国王様を誹るなど、あってはならぬ事です」

 しかし牙琥はそんな威圧を前にしても、平然と煙管をふかし続ける。

「そいつは悪かったなぁ。俺にとっちゃあ、アイツは国王じゃないもんでねぇ。まぁ、アレだぁ。ここは素直に喜んでおくぜぇ。捨てきったはずの権威が、まだてめぇ等の中で残ってたって事だもんなぁ」

 義道は飄々と打ち返し続ける牙琥に、更に顔を顰めた。暖簾に腕押ししているかの様な感覚に辟易してきた、とも言えよう。

 しかし義道は、すぐに顔を繕って「成程」と、毅然と投げかけた。


「貴方様は、秀光様の他に王がいると仰いたいのですね。では、他の王とはどなたの事です?」

「アイツ以外の誰か、だろぉ」

「……それは、貴方様のお近くにいる者の事ですか?」

「そうだったら面白ぇけどなぁ。ここに居る連中は、王になりてぇって言う図々しさが皆無なんだよなぁ」

 牙琥は安穏と答えてから、指先で煙管を器用に挟んで口から外す。そして上から睨めつけてくる視線と、自身の目線をまっすぐ交錯させた。


「そうか、そうかぁ。てめぇらが来た本当の目的は、だなぁ?」


 物々しくぶつけられる圧に、義道はぎくりと身を強張らせる。彼を乗せている馬も恐れを滲ませていななき、たたらを踏んで数歩後退した。


 だが、牙琥は身を竦ませる彼等国王軍を歯牙にもかけず「来た理由が俺にあると思っちまったのが恥ずかしいじゃねぇかぁ」と、言葉を続ける。

「普通に喜んじまったしよぉ。あー、今からでも良いから、俺が主な理由で来たって言えぇ。態度でそれを表せぇ」


「……それは、隠し立て、ですかな?」


 義道はゴクリと唾を飲み込んでから、おずおずと問うた。


「阿呆ぬかせぇ。自分で言うのも何だがぁ、俺は粗雑で粗暴な性格だぞぉ? そんな奴が、てめぇ等から人一人を十六年も隠せられると思うかぁ?」

 俺を疑う事自体間違ってるぜぇ。と、牙琥は一笑に付す。


「だからもうさっさと帰れぇ。ここはてめぇらみたいな野蛮人共が、踏みしめる地じゃねぇんだよぉ」

「……本当に、貴方様の元にはいないと?」

「そうだっつってんだろぉ、喧しい野郎だなぁ」

 牙琥は露骨にうんざりして答えた。


 義道はそのしかめ面に「申し訳ありません」と、謝罪を口にした……が。

 彼の頭の中では「ようやく見つけた四つのうちの二つ目だ。居る可能性は大いにあるぞ。徹底的に確かめてこい。簡単に引き下がるなよ」と、自身に厳しく命じる秀光の姿があった。


「村人一人を殺しても構わん。そうしたら流石に奴も、知らぬ存ぜぬを貫けぬだろう。アイツ等は、な」


 記憶の中から化身として自身の側に現れ、耳元で囁く秀光の姿に、義道はゆっくりと唾を嚥下する。じわりじわりと食道を這いながら、生暖かく蕩けた唾が落ち込んだ。


「……しかしながら、私はどうにも貴方の嘘だと思えてならない。信じるに値する証拠も」

「信じるに値する証拠ぉ? ねぇものはねぇんだよ、いつまでもうざってぇ事ぬかしてんじゃねぇぞぉ」

 可視化される事のないはずの苛立ちが、ビリビリッと青白い雷として迸る。


 その威圧は、義道を含む国王軍達を震え上がらせるに充分だった。「もうここは引き下がりましょうよ」と、諦めの様な願望が彼等の間に漂い始める。


 その勢いに乗じて、口を噤み続けている村人達も「帰ってくれ」と言う刺々しい雰囲気をぶつけはじめた。

 帰れと帰ろうがぶつかり合い、ピリピリと迸る雷が増大する……が。


「申し訳ありませんが、私もこう言うしかないのですよ」


 義道は「ですから、どうか牙をお鎮めになって下さい」と、静々と告げた。


 退くか、食い下がり続けるか。その全権を握る義道が、周囲の威圧を退かせて、食い下がる道を歩んだ。

 いや、彼は歩んだのではない。その道を歩まざるを得なかったのだ。

 義道の背後には、前に立ちはだかる朧気な威圧よりも「引き下がったら刺すからな」と言う克明な鋒があったのだから。


「本当に居ない、そうこちらが納得すれば速やかに撤収すると約束しましょう。不足分の年貢の取り立てもしません。こちらとしては、そんな物よりも消えた姫君がここには居ないと言う証拠だけあれば充分ですからな」


「……クソ馬鹿野郎がぁ」

 牙琥は前から静かに紡がれる言葉に舌を荒々しく打ち、離していた煙管をガチリと噛んだ。


 これ威圧だけじゃあ、こっちが優勢にはならねぇか……となると、ここだけで居ねぇと突っ張り続けるのも良策じゃねぇな。だが、どうにかしてこの場だけで「居ねぇ」と終わらせてぇ。


 さて、どうするか。と、牙琥は内心で苦々しく呟きながら、義道を睨めつけた。


 義道はその眼差しをまっすぐ受け止め、ずいと一歩前に進み出る。

「香凜様はここにはいない、その証拠を我々に提示して下さいますか」

「んなもん、どうやって提示しろってんだぁ。こっちが何をしたって、てめぇは納得出来る証拠にするつもりはねぇだろぉ?」

 不毛すぎるんだよぉ。と、牙琥は冷淡に唾棄した。


 義道は「貴方様相手に、そんな事は致しませんよ」とわざとらしく肩を竦めて、冷淡な言葉を受け止める。


「……そうですね。では、こうしましょう」

 徐に言葉を区切ると、後ろに居る部下に「銃を」とぶっきらぼうに命じた。


 そうして速やかに手渡される銃を手にすると、馬を進めて前列の一番端に座る青年の前で立ち止まる。


「私が、聞いて回ります。本当に香凜様がここにいないのか、どうなのか」

 義道はわざとらしく口角の端をあげて告げる。


 牙琥は余裕と優位を取り戻した彼をギロリと睨めつけて言った。

「好きにやれよぉ。けど何にしろ、その手にあるもんはいらねぇだろうがぁ」

「いいえ、必要ですよ。人と言うのは、命の危機にあると嘘を貫き通す事が出来ませんからな」

 まだ青い者達は特に。と、義道はカチャリと撃鉄を外し、銃口をきっちりと青年の額に定めた。


 銃口を向けられた青年は、ヒュッと息を飲んで身を強張らせたが。ふうと小さく息を吐き出してから「舐めるなよ」と、刺々しく言葉をぶつけた。


「そんな脅しに臆する奴は、ここには一人もいないぞ」

「脅し?」

 義道は青年の言葉に冷笑を零す。刹那、どうんと銃声が空気を引き裂き、細長い煙が天へ昇った。コロンコロンッと、薬莢が音を立てて着地する。


「私は本気で撃つぞ。言うならば、これは裁きだ。本当の事を話す、そんな単純な事が出来ない輩は死んでもらう」

 分かったな? と、彼は再び撃鉄を下ろし、もくもくと細い煙がたなびいている銃口を青年の額に近づけた。


 青年の目が向けられた銃口にだけ集中し、口からは浅薄な息が零れ出す。

 本気で撃たれるかもしれない、その恐怖が彼をじわじわと締め上げているのは明白であった。


「おいおいおいぃ……俺の目の前で、よくもそんなふざけた真似が出来るなぁ」

 牙琥はゴロゴロと唸る様な声で告げる。

「そうして死ぬのは、どっちだと思うぅ?」

 バキンッと彼の煙管の管が縦にヒビ割れ、カランカランッとそれぞれが不時着して散った。


 義道は、先程とは比べ物にならない程の威圧にひゅっと息を飲むが。サッと手をあげ、後ろに居る部下達に武器を構えさせる。

「……我々の方が早いと思いますがね」

「そう思うなら、やってみろよぉ」

 好きにやれぇ。と、冷酷且つ軽やかな挑発が紡がれると、大人しくし続けていた彼の手足が臨戦態勢に入った。


「大人しく見守っては下さいませんかね」

「そりゃあてめぇ次第だなぁ」

「言ったはずです、こちらは裁きとして撃つと。ですから、仮に私が彼を撃ち殺しても、嘘を付いた彼の方が悪いと言うものではありませんか?」

「だから俺は好きにやってみろって言っただろぉ」


 義道は飄々と「ほらほらぁ」と促す牙琥を一瞥してから、目の前の青年に向き直る。


「……お前が本当の事を話せば良いだけだ」


 苦々しく独りごちる様に囁き、冷めつつある銃口を青年の額にピタリと押し当てた。


「本当に、この村には香凜様がいらっしゃらないのか」


 どちらの身にも生死がかかった問答が始まった。


 青年はゴクリと唾を飲み込んでから、自身に銃口を押し当てる義道を睨めつける。


「居ない」

 きっぱりと青年が答えた、その時だった。

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