第5話 別れと新天地

 「今までお世話になりました」

 「アッシュ、いつでも帰ってきていいからね?お貴族様から嫌がらせを受けて、嫌になったら帰ってきていいから」

 「母さん、大丈夫です。私はそんな程度のことには負けませんから」

 「違うのよ―――」

 「もうやめよう。ここはアッシュをしっかり見送ってやろう」

 「にぃ、行っちゃうの?」


 私は今日、嘔吐にある学園に向かうためにしばしの別れの時を迎えていた。

 妹を救ったあの日から、両親からの態度がだいぶ柔らかくなった気もするが、気のせいかもしれない。


 だが、あの一軒から妹はずいぶんと私に懐いてくれた。現に、彼女は私が出ていこうとしていると察して、今にも泣きそうだ。


 「父さん、母さん、ずいぶんと迷惑を掛けました。こんな紛い物をここまで育ててくれて、学園の資金まで渡してくれて―――なにも返せなくてすいません」

 「アッシュ―――謝らないで……あなたは私たちの子供なんだから」

 「そうだぞアッシュ。俺はお前を息子だと思っている。ただ、どうしたらいいのかわからなかっただけだ」


 そう言ってくれるが、私にはもうその感情が本当なのかどうかわからない。

 彼らが私のことを不気味に思っていたのは事実だから。信じろと言われても、すぐに飲み込めることではない。


 「ぐず……にぃ、いかないでぇ!」

 「……はぁ、お前は可愛いんだから私なんかに固執せず、自分を幸せにしてくれる人を見つけるんだ。私みたいな男に騙されるんじゃないぞ?」


 私はそう言って妹―――ミーシアの頭をなでる。そのおかげでかはわからないが、彼女は鼻を鳴らしながらも涙をこらえる。


 「ではいってきます。今までお世話になりました」


 私はそれだけ伝えて馬車の乗り合い所まで歩いていく。そんな私の背中を見送った両親たちの会話を私は知らない。


 「いっちゃったわね……」

 「ああ、行ってしまったな」

 「にぃ……ぐず、行って、らっしゃい」

 「帰ってくるのかしら?」

 「ないだろうな……私たちは、あまりにもアッシュを愛してやれなかった」

 「そんなこと!私は、お腹を痛めて産んだ子を―――アッシュを愛していました!たとえ、どんな人格であろうと、私は一人の息子として―――!」

 「それはわかってる。だが、アッシュが頑としてそれを受けなかった。私も、彼を愛すのが遅すぎた。ミーシアを守ったからと、手のひらを返したと思われてもおかしくなかったんだ」


 二人には後悔の念に押しつぶされていた。それだけ、私は彼らの愛を受け取らなかった。しかし、それを知るのはまたしばらく先のこと。


 「それにしても―――あれから、月が動かないな……」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 途中の町での休憩や通行トラブルによって足止めを受けた時間―――その他諸々を合わせて出発から3日ほど経過したころに、ようやく私は王都に到着した。


 国境近くにある私の村から考えれば少し早いくらいだったとも思うが、トラブルもあっため、むしろもっと早く着く予定だった。馬車のくせに中々の速度だ。


 王都に入る際は、来た目的と素性を話してから通行料を渡す形になっている。門の通行量も決して安くはなく、どうにかそこを通らずに入ろうとするものも多いらしい。ただ、私の場合は学園に所属する予定の身。王都に入った記録がないのはまずいだろう。それに、これからかかる制服代や学費などの必要経費の総量に比べれば安いもの。


 まあ用意したのは私ではないが。感謝はしているものの、もう私はあの二人の前には姿を現せない。だから、この金は拾ったものとして扱おう。相手のいない感謝はただむなしさを生むのみだからな。


 いろいろ思うところはあれど、その足で王立の学園のもとに足を運んだ。


 「こちらはネースウィル王国が誇る王立学園にございます。見学ですか?」

 「入学の受付をこちらでやっていると聞いたのですが―――」

 「入学の受付ですね。入学に際しての頭金とこれからの学費を払うだけの能力はありますか?」

 「とりあえず頭金―――と、前払いで学費分の料金です」

 「確認します」


 受付の人がそう言うと、しばらく待つことになる。金銭の確認が済み、入学手続きのための書類―――と学生証を発行するための情報を記入した。

 その後は、これから暮らすことになる寮の説明を受ける。


 「学園の寮での生活は一人での生活となります。学友の部屋に入ることはできますが、騒ぎすぎなどによる周囲に対する迷惑行為は極めて厳しく対処されます。あくまで自宅ではないということを忘れないように。その他、生徒間でのトラブルには学園が関与することはありません。学園でのクラス分けは能力に応じて振り分けられます。8日後に行われる能力試験に必ず出席してください。そのテストで能力がなければ退学という事態にはなりません。ただし、能力の値が学園での生活とともに向上が見られない場合には前払いで学費の納付が行われていても、払い戻しはなしで退学処分となる場合がございます。また、実習授業での死亡やけがについて自己責任とし、学園では一切の責任を負うことはございません。その他、何か質問はありますか?」


 ずいぶんと長い説明だったが、要は要領よく過ごしてくれということだ。

 普通に生きていれば、該当する項目はないはずだ。後聞きたいことと言えば……


 「寮内での細かいルールはありますか?」

 「私たちが把握している限りはありません。ただし、生徒間での暗黙の了解というものは存在するかもしれません。それも含めて―――」

 「学べということですね?わかりました。ほかに質問はありません」


 受付に質問はないというと、今度は案内役であろう人がこちらにやってくる。


 「こちらに」


 そうして案内された部屋は、湯浴み場とトイレ―――おそらくキッチンに該当する場所とベッドがあるのみだった。飲み、というのは私の今まで暮らしていた家に比べてだ。普通に人として生活できるレベルのものだ。


 私としては、生まれ変わる前の学園では王女に見初められるまでは、馬小屋同然の場所で寝泊まりしていたので、だいぶ好待遇だ。意外と、この世界は平民にも優しいのかもしれない。

 そんな希望はすぐに砕かれるのだが、それはまた別の話。


 とにかく、来週の試験に備えなければ。

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