第四話 「言通」
深い、深い深い闇から浮上していく。
皆が俺を見ている。
再び闇へと沈むことを望んでいる。
そんな闇に一筋の光が射す。
それは、とても弱い光だった。
強大な闇と比べるべくもない程に、か細いものだった。
しかし、その光は、確かに闇を打ち祓い、暗雲を照らさんとしていた。
──静謐の均衡が崩れる。
意識が覚醒した。
◆
「ぅ⋯⋯ってぇ⋯⋯」
何かすんげぇ変な夢見てた気がする。気分悪い。
俺は昔からそうだったなぁ。熱出た時は毎回悪夢に魘されてたし。今回も傷が原因で発熱でもしたか? あの犬畜生め。
「ん、起きたか」
「どうだ? 気分の方は?」
「⋯⋯え」
言葉が⋯⋯分かる?
「⋯⋯俺の、いや僕の言ってる事、分かりますか?」
「ああ、分か──えええええええ!? お前喋れねえんじゃねぇの!?」
「てめぇ! やっぱしこの街に、王国に仇なす人間か! 魔族か!? それとも帝国の手先か!?」
眼前の大男が、明らかにプラスチック製じゃないマジモンの槍をこちらへ向けてくる。
怖い怖い怖い怖い。何何、何で急にこいつキレてんの!?
「え、いや、えっと。多分魔族でも帝国の手先でも無いと思うんですけど⋯⋯」
いやいやいや! 何この剣呑な雰囲気!
やべぇ、怖い。逃げたい。日本帰りたい。助けてママ。
ていうか、勢いで否定しちゃったけど、魔族って何よ、帝国って何よ。意味不単語多すぎだって。
「じゃあ何で関所では喋れないフリなんかした!? 答えろ!」
「まぁ待てウィル。⋯⋯相方がすまんな。だが喋れない振りをしたのは俺も気になる。場合によっては、お前の事を上へと報告せねばならん」
眼前のもう一人の大男は、口調こそもう一人の大男──ウィルとやらより優しいが、その実、相手の嘘を暴こうとする眼力は、明らかにこちらの大男の方が鋭い。
いやぁ、困った。困っちゃうおじさんだ。
何せ、急に言葉が通じるようになった訳は俺ですら分からんのだからな。
詰みだろ、これ。
しかも、さっきの質問、これもし仮に俺に自覚がないだけで、後から実は帝国出身でしたとか魔族の系譜でしたとか判明した日には首チョンパか!?
上への報告とか言ってるし、全然ありうる。
何せこの世界、ぱっと見た感じありがちな中世設定だ。そう、魔女狩りとかしていたあの時代だ。やばい、やばすぎる。
であるならば、ここは慎重に答えねばなるまい。
質問されてから、既に数秒は経過してしまってる。馬鹿みたいな答えだと即刻首チョンパすら有り得る⋯⋯
「⋯⋯喋れないフリをしていたわけではありません。ただ、こちらへ来るのが久々でしたので、少々訛りに驚いてしまいまして」
⋯⋯どうだ、恐らくこの場で最もそれらしい回答だと思うのだが⋯⋯
ていうか、実際記憶にあるものよりも訛りが強いしな。⋯⋯ん? 記憶にある? 俺は何を言っているんだ?
「成程、訛り⋯⋯か。確かにお前の、いや失礼。君のは王都よりの綺麗な喋り方だ。こちらは片田舎なんでね、訛りに戸惑ったのならば仕方が無い」
ふぅ、どうやら上手い事切り抜けたらしい。
こっちに来てから気持ちの悪い汗のかき方ばっかだな。
「──が、もう一つ気になる事がある。どちらかと言えば、先程の質問より、こちらの質問の方が重要度は高い」
おいおい、勘弁してくれよとっつぁん。今から不○子ちゃんとの約束があるんだよ。
「君は、その腕に違和感を覚えないのかい?」
ん? 腕? 腕がどうかし──っ!?
「無いっ!? 何で!? え!?」
「こいつマジで気づいてなかったのかよ。飛んだマヌケだな」
「まぁそう言うなウィル。それだけ爺さんとミナちゃんの治療が上手いってこった」
「はっ、それもそうだな。あの爺さん、腕だけはいいからな」
そんな話はどうでもいいんだよ⋯⋯!
「お、俺の、俺の腕は!?」
「多分向こうの部屋。まだ置きっぱにでもしてあんじゃね? お前の腕、ひでぇ状態だったからな。爺さんも見かねて取っちまったみてぇだ。あれじゃどっちにしろ使いもんになんねぇし、つけてたって病のもとだ」
「は? もう意味わかんねぇよ⋯⋯腕だぞ!? 俺は片腕を取られちまったんだ! それも利き腕をな! ⋯⋯一体どういうことだよ、これからどうすりゃ⋯⋯」
確かに、何で今の今まで気が付かなかったんだか。言われて見りゃ体のバランスがおかしい。上手く立てそうにない。
⋯⋯マヌケだな。
いやでもやっぱ意味わかんねぇよ!? 普通勝手に手術するか!? 百歩譲って、それが原因で死にかけだったとしても、普通他人の腕を許可なく取るか!?
やべぇ、頭オーバーヒートしそうだ。
でも耐えなければ。今オーバーヒートしたら暫く戻って来れそうにない。ストレス値も限界だ。閾値を余裕でオーバーランしてやがる。
「まぁ、そう悲観するな。あの影狼からの噛みつき傷をそのままにしていたらもっと酷いことになっていただろう。そう考えれば、不幸中の幸いというやつだ」
眼前の大男の無神経過ぎる発言に、視界が真っ赤に染まっていくのがわかった。
感情を制御する気にはなれなかった。
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