第二話 「都市」

 俺は只管ひたすらに、建造物へ向かって無言で歩いていた。


 やっちまった。これは間違いなくやらかし案件だ。動物を殺すのって犯罪なんだっけか。やばい、俺捕まんのか。

 いやでも、向こうが先に襲いかかってきたし、俺まだ未成年だし、何とかなんねぇかな。やべぇ、どうしよう⋯⋯


 ──動物を殺した直後に自分の保身か。とんだクズ野郎だ。


「ちっ、まただ」


 またいつもの癖だ。

 何かする度に、自分に甘い自分とそれを諌める自分。そして、全体を俯瞰する自分がいる。


 気持ち悪い。


「あーやめだやめだ。兎に角歩こう」







 防衛都市リングス。

 四方を巨大な防壁で囲まれたこの街は、テルン王国セルジュヴィッツ公爵領の辺境に位置しており、公爵により叙爵され、領土を与えられた男爵が現領主として治めている。

 

 「防衛」と名の付くからには、当然、外敵から自領、延いては公爵領や王国を守護している。


 では、外敵とは何か。


 それ即ち魔物である。

 魔物とは、生物の死骸から発生する瘴気に充てられた狂生物のことである。

 魔物は、著しく身体能力や五感が発達し、魔法と呼ばれる極めて殺傷性の高い不可思議な現象を引き起こす。

 現在の魔物の出生率はそこまで高くないものの、それは、犠牲者の血に染まった数々の歴史から得た学びの賜物であり、瘴気さえあればどこでも、際限なく誕生してしまう為、生物を殺害した際は、速やかに火葬し、瘴気の発生を防ぐ事が推奨されている。


 このような現状から、ある著名な歴史家は、こう言葉を残している。


『人類史に魔物在り』


 この端的な言葉は、人類史を実に上手く評した言葉であり、実に皮肉を効かせた言葉である。




「次の者、前へ」


 防衛都市リングスの門衛が、そう短く告げた。

 門衛の任務は、二人一組で、この街への通行人を関所にて厳しく検める事である。

 

「次の者、前へ」


 次に門衛の前へと歩み出てきた人物は、少々風変わりに人物だった。

 健康的な肉付きの上から、妙に上等な変わった衣服を纏う黒髪黒瞳の青年。オマケに右腕は、捲りあげた袖より下から流血をしている。


■■■■■こんにちは


 門衛は、彼が友好的に接してこようとしているのは読み取れたが、肝心の言葉が全く聞き取れなかった。


「聞き慣れない言語だな。お前、魔族か?」


 魔物とは敵対関係にある人族だが、魔族とはは敵対関係ではない。

 凡そ百年近く前、人魔大戦と呼ばれる、人族と魔族との総力戦が行われた。

 双方多大な犠牲を出した末、中立の森人族を介して、ユグドラシル講和条約と人魔不可侵条約が締結され、表向きは仲良しこよしとなっている。


 魔族は、外見上は人族との差異は殆ど無い。しかし、それは純粋な魔族にのみ適応される特徴で、獣人族との混血等は、それぞれの特徴が引き継がれている場合が殆どである。


? ■■何語?」

「分からんな。おい、ウィル! こいつの言葉分かるか?」


 門衛は、相方であるもう一人の門衛ウィルへと言った。


「いや、聞いた事もないな。というより、こんな怪しい奴街に入れちゃいかんだろ」

「それもそうなんだがよ、こいつの腕見ろよ」


 そう言って門衛は、相方へと彼の腕を見せた。


「うわ、こりゃひでぇ。こいつの腕、もう使えねぇんじゃねぇのか?」

「ああ、恐らくな。本人は痛みを感じてない見てぇだが、多分戦闘時の昂揚が長引いてんだろ。俺らだって最初はそうだったろ?」

「ああ、確かにな」


 だが問題はそこじゃない、と門衛は続けた。


「こいつの腕、よく見ると微量の気味の悪りぃ瘴気が纏わりついてやがる」

「何!? ちっ、マジじゃねぇか。気持ち悪りぃ。それにこりゃあ⋯⋯」

「⋯⋯影狼のもんと良く似てるだろ?」


 今度こそ、二人は黙った。

 事の重要性を理解したからだ。

 

 暫くの時間、両者の間を沈黙が支配した後、門衛は言った。


「こいつを街へ入れるぞ」

「おいおい、マジで言ってんのかそれ?」

「ああ、大マジだ。こいつを医療院へと連れてって回復させたら、何とかして影狼の死骸の位置を聞き出すんだ。もしかしたら、こいつ、死骸をそのまんまにしてるかもしれねぇ。それ見つけたら大手柄だ。もしかしたら騎士様へと叙勲されるかもしれねぇぞ」

「そりゃ何でも飛躍しすぎじゃ──」

「んなことねぇ! お前も影狼の恐ろしさは知ってんだろ!?」

「⋯⋯分かった、こいつを入れよう。だが、手柄独り占めはすんなよ?」


 門衛は、ニヤッと笑みを浮かべて言った。


「当然だ」

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