24 朝凪
「多分、八百比丘尼の系譜だわね」
「えーこいつ、にんぎょくったのか?」
「人魚……食べたの?みちるさん」
八百比丘尼、人魚の肉を食べたことで不老になって何百年も生きた後、食を断って死んだという人だったはずだ。
「人魚?うーん分かんない。お魚はよく食べるけど」
みちるさんはころんころんと左右に転がりながら、難しい顔をして考えている。もしもみちるさんが人魚を食べたのなら、それは首だけになってしまう前の話で、それこそ何百年も前だろう、多分。となると、覚えていないのも頷ける。そもそも人魚だと思って食べてはいないだろうし。
「でも、人魚を食べたって言っても、不死になるわけではないでしょう?どうして首だけになって生きていたのかな?」
正人さんが言って、花子さんが眉を寄せる。
「こればかりは何とも言えないのだけど……。死んだ。と、思わなかったからじゃないかしらね」
「死んだと思わないって、そんなことあるの?」
正人さんが、疑わしそうな顔でみちるさんを見る。けれども僕は、何となく納得してしまった。生きているから、生きている。と言うみちるさんにとって、首だけになったこと自体は、死んだと思うようなことじゃなかったのかもしれない。訳が分からない間に過ぎ去って、気付いた時には首だけになっていたのなら、それはもう、死んでなかったから生きているってことなんだろう。みちるさんだからこうして生きていたんだ。そう思うと、切なくて愛しくて、胸が締め付けられるような気持ちになった。
僕達の会話を気にすることもなく、みちるさんはマイペースに考え続けていたみたいで、そういえば、と呟いた。
「おばあに連れられて海に一緒に行ったことならあるなぁ。朝にね、びゅうびゅう吹いてた風が止んで、肌には感じなくなったけど、海の方からは風が吹いてるみたいな音がして、面白いなぁと思ったの」
まだ体のあったみちるさんが、もしかしたらそこで人魚を食べたのかもしれないみちるさんが、おばあさんと一緒に二人きりで海を眺めている。そんな情景が心に浮かんできて、僕はみちるさんを抱えた。
「あおくん?」
それは、それはなんて美しくて、切ないんだろう。
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