受験勉強

 いらっしゃい、と出迎えてくれたよし子さんは、何だか笑いをこらえているような顔をしていた。

「みちるさんが待ってるよ。会ってあげて」

 何かあったのか尋ねる僕には答えずに、よし子さんはそれだけ言って、お茶を淹れてくるわねとくるりと踵を返してしまう。どうしたのだろうかと思いながら、いつも通り居間に入った瞬間。

「ふれー!ふれー!あおくん!がんばれがんばれあおくん!わー!」

「えっ」

 必勝、と書かれた鉢巻を締めたみちるさんが飛び跳ねていて、僕は驚いて立ち止まってしまう。

 いつになく真面目な顔をしたみちるさんが、ぴょんぴょんとリズムよく飛び跳ねながら、同じ言葉を繰り返す。

 跳ねるみちるさんに、遅れて動く鉢巻の端っこ。何度も何度も繰り返されるそれに。

「ふはっ……」

「あっ、笑ったね」

 僕は我慢できずに吹き出してしまった。

 みちるさんが飛び跳ねるのをやめてにっこり笑う。そしてずっと乗っていたテーブルの上からぴょんと飛び降りて、そのままぴょんぴょん僕の方にやって来た。

「あおくん元気出た?頑張れる?」

「うん。元気出た。頑張るよ」

「わー!やったね」

 受験勉強を始めて、あとちょっとがどうしても遠くて、少し焦ってしまっていた。みちるさんともあまり会えなくなっていたし、会った時も不安な気持ちが顔に出てしまっていたんだろう。

 みちるさんが面白くて可愛くて、何だか久しぶりに肩の力が抜けた気がする。

「ありがとう。みちるさん」

「うん、あおくんちゃんと頑張ってるからね。大丈夫だよ」

 そうだね。うん、きっと、大丈夫だ。


「ところで最後の「わー」っていうのは何だったの?」

「わー?わーはね、頑張れー!って気持ちが盛り上がったやつ。多分」

「盛り上がったやつか」

 何だかよく分からなかったので、後でお手本にしたっていう映像を見せてもらった。運動会の映像で、徒競走の応援をしている場面だった。頑張れという声の後、スピードを上げて一位に躍り出た所に歓声が入っていて、なるほどな。と納得する。

「ね。わー!でしょ」

「わー!だね」

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