第28話 交渉
無言のまま馬車は宿に着いて私とエルシドは馬車を降りるとアーノルドを置いて宿の部屋に向かった。
午後からは別の商会とも会う予定がある、こちらは売る方ではなく買う方だが以前から打診していた農作物の苗を幾らか購入予定になっている。
早々にアーノルドの方は見切りを付けて買い付けのあと予定の日数は視察を兼ねて市場などに赴きたいと、思考を切り替える。
何度かマリアが客が来ていると言いに来たが「お帰りいただいて」と返しておいた。
昼近くになり昼食を運んできたマリアの隙を突いて部屋に入り込んだ侵入者にエルシドが眉根を寄せた。
「しつこい」
「いやいやそう言わずに話だけでも」
私は改めて侵入者へ視線を向ける。
軽くウェーブのかかる金髪に深い青の瞳、上背はエルシドより少し低めのへらりと笑う姿は凡そ王族には見えない軽薄さを醸し出しているが、所作や本音を見せない表情は矢張り相応の教育が見てとれる。
「この年齢と性別で表に立って事業をしていると、今日のようなことはよくあるのです」
アーノルドの襟元を掴むエルシドの手に手を置いて私は静かに話し始めた。
「若いから女だから、強く出ればどうとでも出来る」
「そ、れは……」
言い淀むアーノルドに冷えた視線を向けながらエルシドが襟から手を離した。
「そういう相手との取引は一切しない、これが私の自衛策なのです、例外なく」
そう言い切ればそれまでのにやけ顔から眉根を寄せた険しい表情をアーノルドが見せた。
「謝罪を……」「必要ありません」
取り付く島もない、そんな空気を孕んで謝罪を拒否すれば益々苦渋に満ちた表情になっていく。
「取引が落ち着くまで、そうですね半年ほどの期間は予定価格から一割増しで如何でしょう?」
にっこりと笑って告げれば、アーノルドは目を丸くして私を見てから片手で額を抑えた。
「これは、厳しい、今回は私に非がありますからその条件でお願いしましょう」
「では現物を見ていただきましょうか」
私がエルシドにチラッと視線を向ければエルシドが頷いた。
「ルカ、持ってきてくれ」
「畏まりました」
様子を伺っていたルカにエルシドが指示を出し直ぐに馬車から見本用の小さな木箱を運んできた。
応接セットのテーブルの上に精製した砂糖と、砂糖をたっぷり使い作ったラングドシャという卵白と砂糖で作る焼き菓子を広げる。
追ってきたお付きの従者らしき男性が毒味をしてアーノルドは砂糖と菓子をそれぞれ口に含んだ。
大体の話し合いが終わり、応接セットのソファに深く座ったアーノルドがエルシドに視線を向ける。
「レイアード第一王子、久しぶりだね」
「しつこい、俺はレイアードではない」
「いやいや、流石に僕は誤魔化せないよ?」
「……チッ」
困ったように笑いながらアーノルドがエルシドに向かい話し出した。
「一年前の話は此方にも届いている、馬鹿なことをしたと思っていたんだが、元気そうで安心したよ」
「どうだか」
フンと鼻を鳴らしたエルシドがジッとアーノルドの様子を伺っている。
エルシドは暫く黙ってアーノルドを見ていたが「はぁ」と諦めたようなため息を吐いて「何が聞きたいんだ」と低く唸った。
「特には?ただ元気そうだなぁと?」
「含みを持たせるな」
「やだなぁ、でもそうか婚約したんだ……」
ポソリと呟いたアーノルドが笑みを深めてエルシドの手を強引に取った。
「まあ長い付き合いになるだろう、よろしくたのむよエルシド殿」
長いため息で強引な握手に答えたエルシドは眉間を押さえながら早く帰れとアーノルドを促した。
「またねぇ」
ヒラヒラと片手を振ってアーノルドが部屋を出ると、私も疲れたとばかりにため息を吐いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます