第27話 隣国へ

 ビクターの追い縋る叫び声を聞きながら村を出た馬車は一路国境にある山脈の麓の村まで走った。

 夜になる前に着いた村で一泊をする、山越に丸一日はかかるため明日早くに宿を出ることになっている。

 山越をする商人団がチラホラいる宿の食堂へ降りて、遅い夕飯を摂りながら明日の予定を確認する、私の隣にエルシドが座り向かい側に今回の旅の護衛としてついて来ているジーバ隊の隊長であるジーバ、それにアンナが加わって道行についての最終確認を行う。

 「隊のものに聞き取りをさせてましたが、峠道は問題ないかと」

 「じゃあ予定通りに」

 その後も大きな問題はなく隣国に入ることができた。


 隣国の首都から少し離れた公爵領の一角にある交易都市、噂では近々新しい領主になるらしく今はその準備もあり慌ただしさを含んでいる。

 見慣れない建物は雨が多い土地らしく、雨や湿度に強い素材が使われているらしい。

 綺麗に舗装された道を進み、予約していた宿に入る。

 商談自体は明日から始まるが、ポツポツと降り出した雨に積荷が心配になる。

 窓の外を見ていると、食堂に向かうため迎えに来たエルシドが隣に立った。

 「馬車の方だが、宿のものに話して屋根のある場所へ移動させてもらった」

 「ありがとう、話には聞いていたけどこちら側はよく雨が降るわね」

 越えてきた高い山に遮られ、こちら側は雨が多く反対側にあるクレッセン領には雨雲があまり流れて来ない。

 雨量の多いこちら側のおかげでクレッセン領にあたる山の側面では豊かな湧き水が流れている。

 街に着くまでの道中はからりと晴れていた筈が、今は土砂降りの雨だ。

 「夜にはあがるようだ」

 「そうなんだ」

 窓硝子を打つ雨に背を向けてエルシドに連れられ食堂へ向かう。

 隣国ならではの料理をとお願いしてテーブルに着く。

 隣にはエルシドが座り明日の話をしながら運ばれてくる料理に舌鼓を打つ。

 「向こうの出方次第だろうな」

 「多分私が相手だと舐めてきそうな予感がするのよね」

 「身の程知らずだな」

 正直なところ、今回の商談が上手く纏まらなくても私はあまり困らない。

 メインである砂糖の交易だけなら国内でも充分な利益がある。

 強みはある、がやり手と噂に聞くアーノルド第三王子が相手。

 どうなるかわからない不安を僅かに抱え、明日に備えて眠ることにした。


 翌日、朝からマリアが張り切って装いを整えてくれた。

 編み込んだ髪をひとつにまとめ、淡い薄緑のデイドレスに身を包む。

 控えめなノックの後、暗めのシルバーグレーに青を差し色にした真新しいスーツを着たエルシドが迎えに来た。

 「似合ってるわ」

 青銀の髪をひとつにまとめて銀縁の伊達眼鏡をかけたエルシドに私が微笑むとはにかむように笑うエルシドが私のドレスを褒める。

 「リアもよく似合ってる、素敵だよ」

 「ありがとう」

 そっと差し出された腕に手を絡めて宿を出発する。

 朝早くから賑わいを見せる街道を通り、今回の会場となっている一際大きな建物の商会に入った。

 恰幅の良い商人風の男性に案内されて応接室へ通される。

 案内されて座った黒い革張りのソファはシンプルだが上質なものとわかる手触りだ。

 ローテーブルや置かれた家具も洗練されて無駄がなく、けれど使われている素材はどれもが最高級のもの。

 派手さはないがしっかりと上質なもので纏められた応接室はそれだけで威圧感がある。

 壁掛け時計に目を向けると約束の時間の五分前。

 私とエルシドは黙って商談相手が来るのを待った。


 約束の時間からもう直ぐ一時間、目の前には冷め切った紅茶が入ったカップがふたつ。

 三十分前に女性の職員らしき方が「もう暫くお待ちください」とだけ言いに来ただけ。

 私はため息を吐いてエルシドに目を向けて立ち上がった。

 ドアを開けて階段を降りる、と階下から騒ぐ声が聞こえてきた。

 「待たせればいいんだよ、こういうのはね何方が上かしっかりわからせてから話をするのさ、イニシアチブは此方にあるんだぞと初めにガツンとやってから進めるのがコツだよ」

 鼻高々に話す金髪の男性は上品な白のスーツを着ている。

 すっと私の表情が無くなり、苛立ちと同時に込み上げた不快感にげんなりとし、私は息を深く吸い込んだ。

 「イニシアチブも何も先ずは信頼関係がなければコツも成果もうまれないのですよ、アーノルド第三王子殿下」

 隣でエルシドも呆れた視線を階下に向けている。

 ばっと立ち上がり振り返った一瞬驚愕の表情を見せたアーノルドは直ぐに仕切り直して両手を広げた。

 「やあ、クレッセン男爵令嬢だね、初めまして」

 失敗したと顔に書いてあるのがわかるくらい、態とらしい挨拶にまた私の表情が削げる。

 「今回のお話ですが」

 「いや、待ってよ、ちょっと戻ってゆっくり話しましょうよ」

 断りを入れようと口を開いた私に駆け寄りながらアーノルドが出口に向かう階段を塞ぐ。

 「いえ、残念ですが今回のお話は無かったことに致しましょう」

 「そう言わないで?さあ上でゆっくり話しましょう」

 そう言いながら私の手を取ろうとしたアーノルドの手をエルシドが防いだ。

 「あれ?君は……」

 「初めまして、アーノルド第三王子殿下、俺はアベリア=クレッセンの婚約者でエルシドです」

 にっこりと笑ってエルシドが名乗ると目を丸くしたままのアーノルドが首を傾げた。

 「え?レイ……」

 「エルシドですよ」

 「いや、お前」

 「何でしょう?」

 気分を害された上にやり取りも鼻につくし、エルシドとの会話にも段々とイライラした私は押し通るように階段を降りて商会を後にした。

 大股で歩いてついてきたエルシドの後ろをアーノルドが走って追ってきたが、知ったことかと馬車止めにとめてあった馬車に乗り込んだ。

 「待ってってば!」

 内鍵をかける前に馬車の扉が開かれてアーノルドが強引に乗り込んできた。

 叩き出したいが流石に隣国の王子に乱暴をするわけにいかず、エルシドと二人同時に「チッ」と舌打ちが漏れた。

 「うわぁ息ぴったり」

 揶揄うような声色が余計に腹が立つものの、宥めるようにエルシドが手を握ってくれたことで冷静さをどうにか取り戻した。

 

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