第19話 穏やかな

 ビクターはガックリと肩を落としまだ何か言いながらも迎えに来たローガン子爵家の執事に引き摺られながら王都に帰って行った。

 その際、春にもう一度クレッセン領に来ると言うビクターに「そろそろ就職なりした方がいいんじゃないの?」とヘルマンドにトドメを刺されて項垂れていた。

 「またな」 

 そうビクターに言ったのはエルシドだけで、私たちですら少し驚いたのだが一番驚いていたのは言われたビクター本人だった。

 「ああ、また来る、エルシドも元気でな」

 はにかみながら頭を掻いて笑ったビクターを見送る私の耳元で「リア」と心地良いテノールが響いた。

 バッと耳を手で伏せながら振り返れば薄く笑むエルシドが「寒くなってきた、帰るぞ」と私の肩にショールを乗せた。

 フワリと甘いムスクが香る。

 私たちは本邸から屋敷に戻る道をゆっくり歩いて帰った。


 高い山のてっぺんに雪が降り始める前になると年内最後の王都からの商団がやってくる。

 これが一年で一番賑わう三日間となる、なんなら新年の祝祭より賑わう。

 王都からの商団はかなり大きな規模で通して三日に渡り露店が広場に立ち並ぶ。

 私はエルシドを連れて村まで買い出しに向かった。

 今回は屋敷に必要なものも買い揃えるため、ルカがエルシドの手伝いとして付いて来ている。

 護衛にはコニーと通いで護衛に入っているギースが付いた。

 

 広場はいつもの長閑さを忘れて人いきれに包まれている。

 逸れないようにと繋がれた手は右にエルシドを左にルカをぶら下げてざっくりと露店を眺めていく。

 既製品の服は春に王都で流行ったショート丈のジャケットにワンピースのセットが目立つ、食料品には保存が効くように既に加工された瓶詰めの商品が目立つ、銀食器なども目につく。

 エルシドもルカもキョロキョロとしながら目的地に向かい歩いていく。

 前を行くギースが人混みを割ってくれるお陰で後ろに続く私たちはスムーズに進むことが出来た。

 辿り着いた最初の目的地である簡易に設置された休憩所でエルシドとルカとコニー、私とギースに別れて必要なものを先ずは手分けして購入する。

 頼まれたものを購入し屋敷に届けるよう指示を出していく。

 私の担当分は少なくされているので、その間のんびり露店を見ながら待ち合わせ場所に向かった。


 「今年も賑わっているわね」

 「これほど王都の商品が並ぶのは今だけですからね」

 私は手近なベンチに腰掛け傍らに立ち周囲を警戒するギースと話しながらエルシドたちを待っていた。

 ほどなくしてエルシドたちが合流した。

 「上手く出来たかしら」

 そう問えば「恙なく」と短くエルシドが返してルカもうんうんと首を縦に振っている。

 私は懐から数枚の銀貨をルカに渡しコニーを連れて二人で露店を回ってくるように告げ、私の方はエルシドとギースを連れてまた露店に向かう。

 「さあ、ここからは自由に楽しみましょう」

 手を打って告げればギースがニコリと笑った。

 「俺、めっちゃ邪魔じゃないっすか?」

 「そんなことないわよ、ねえ?」

 エルシドを振り返ればエルシドも頷いている、そんな私たちの様子を見ながらギースは溜息を吐いて「はいはい」と私たちを先導し始めた。

 最初に見たのは銀や銅の食器を扱う露店、銅の調理具や食器は割れにくく修理のしやすさもあり人気がある。

 丁度良いサイズのカップを二つ買って別の露店を回る。

 暫く見て回ればクゥと腹が鳴った。

 フワリと鼻先を擽る香ばしい匂いに釣られて串焼きを出している露店へ向かう。

 「三本ちょうだい」

 そう言えばエルシドが銅貨を店主に差し出しギースが串焼きを受け取る、それをエルシドが二本受け取りひとつを私に渡した。

 「ありがとう」

 二人に向かい声をかけて串焼きに齧り付く、独特の塩だれで焼かれた串焼きは歯応えもあり満足感がある。

 「美味しいわね」

 「悪く無い」

 食べながらも広場に目を向ければ賑やかな風景に笑みが溢れた。

 「後は本が見たいかしら」

 「ああ、王都の新しい流行りの本ならあっちにあったが」

 エルシドが先にルカと回った方を指差して「行くか?」と問う、私は頷いて食べ終わった串焼きの串を用意されたゴミ入れに入れて歩き出した。

 

 所狭しと本が並ぶ露店で私はアレコレと物色しながら購入する本を選んでいく。

 一昨年の国内農作物取れ高を纏めた資料集はちょっとした掘り出し物だし、寒冷地の酪農について纏めた本は王都で探していた頃には見つからなかった本だ。

 ふと華やかな装丁の本が視界に飛び込んできた。

 臙脂色に金箔で蔦模様に縁取られた本は数年前に流行った身分差の恋を描いた人気の作品だ。

 懐かしさもありつい開いたページを読み始めてしまった私の耳元で「リア」と呼ばれ「ひゃっ」っと慌てて耳を押さえながら振り返った。

 「え、エル?」

 「それ、買うのか?」

 「ああ、えっとどうしようかな」

 買うのかと問われると少し悩んでしまう、そこまで広いわけではない書庫に今日買った本を並べることを考えればあまり不要な本は増やしたくは無い。

 悩む私の手からエルシドが本を抜き取り店番の老紳士に銀貨を渡した。

 「ほら」

 そう言って私の手に本を持たせると、購入してある他の本を屋敷に届けるよう託けて、エルシドは私の肩に手を回して歩き出した。

 

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