第18話 決着

 ペタンと座り込んで唖然とエルシドを見上げるビクターにエルシドはフンっと鼻を鳴らした。

 「アベリアから賜った剣で試合ってやったんだ、いい加減弁えろ」

 静かなエルシドの口調にコニーやマリアたちがうんうんと頷いている。

 「諦めろと言わない辺りがな」

 「そこら辺の度胸が足りんわな」

 そう言うのはガレス団長とジーバ隊長だ。

 「リアから、賜った?」

 ビクターが目を見開きながら視線をエルシドの長剣に移す。

 細身の長剣はエルシドのスタイルに合わせたもの、柄の部分にはアベリアの花が咲いたひと枝が彫られたプレートが付けられている。

 このプレートは護衛であるコニーとギース、マリアたちにはブローチとして身に付けている、私の屋敷所属と立場を保障するものだ。

 ポロポロと泣きながらビクターが顔を伏せたのを合図に審判役の騎士団員がエルシドの勝利を宣言すると会場がワッと沸いた。


 「エル、お疲れさま」

 「ああ」

 戻って来たエルシドに声をかける、エルシドは早々と着替えを済ませたらしく見慣れた執事服になっていた。

 マリアやコニーたちもエルシドを労い声をかけている。

 既に帰り支度を済ませていた私たちはビクターを演習場に残して帰路に着くため用意された馬車に乗り込んだ。

 「何か欲しいものはある?」

 私がそう聞くとエルシドが私に目を向けた。

 「勝ったのだもの、エルから希望は聞いてなかったし」

 「何でもいいのか?」

 「いいわよ?無茶な要求でないなら」

 しばらく考えたエルシドがポツリと呟いた。

 「リア、と」

 「ん?」

 「リアと呼ばせて欲しい」

 私はエルシドの要求にキョトンとしながら首を傾げた。

 「それは別に構わないわよ?そんなの褒賞にならないでしょ?」

 不思議がる私にエルシドの口角が上がる。

 「勝ちとったことに意味があるのですよ」

 そう言ったのは向かい側に座るマリアだ。

 エルシドが隣から私をジッと見ている。

 「そうなの?」

 「ああ、そうだな」

 そういうものなの?と思うがそれが欲しいなら別に減るものでもない。

 「いいわよ」

 銀糸の髪を揺らせたエルシドがふわりと笑い私の方へ体を寄せた。

 「リア、ありがとう」

 耳元で心地良いテノールが響く、不意を突かれて顔が熱くなってきた。

 「ど、どう致しまして」

 慌てて体をエルシドから引き離す、よくよく考えたら学園であれだけたくさんの女子生徒を侍らすほど手慣れている筈のエルシドに振り回されてしまうのが少し悔しく感じた。

 

 「ビクターはやっぱりクレッセンに骨を埋める覚悟はなかったんでしょうね」

 帰宅後、いつもより豪勢な夕食を済ませ入浴をして自室のソファにエルシドと向かい合わせに座り、昼に飲んだワインを二人で飲みながら私がぽそりと呟く。

 「勝ってリアを王都に連れ帰る、だったか」

 「そういうところがダメなんだけどなぁ、そもそもビクターの見た目は好みでもないし」

 身も蓋もない話をしながら隣領自慢のワインに舌鼓を打つ。

 「美味いな」

 「今年は出来が良いらしいわ」

 隣領の飛地が北にあるらしく、そこで育った葡萄で作られたワインは渋みが少なくスッキリとして呑みやすい。

 「隣領か、あの飛地の林檎酒を昔飲んだことがあるがあれも美味かったな」

 他愛無い話をしながら、ゆっくり夜が更けていく。

 「今日は疲れたでしょう?もう休みましょう」

 「そうだな、リアおやすみ」

 「おやすみエル」

 挨拶を交わしてエルシドは隣の部屋へと帰っていく。

 入れ替わりにマリアが入って来て寝支度を済ませて私もベッドに入った。

 目を閉じると耳に残る心地良いテノールが「リア」と鼓膜を震わせたのを思い出して、はぁと長い息を吐いた。

 顔が赤くなっているのが自分でもわかる。

 「参ったなぁ」

 自分の変化に気付いてその夜はなかなか寝付けなかった。

 

 

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